4.怖いモノ

 昔、10代の頃バイトしていたバイト先の先輩の話。


 先輩(男性)とシフトが被ることが多く、よくいろんな話をしてくれました。色白で細身、背が高く(当時訪ねた時に185センチあると伺いました)出立は堂々としている方でしたが、非常に変わっていました。


 いつも私にしてくれるお話は、所謂「オカルト」な話でご実家がお寺のためか、血筋によりいろいろなものが見えるんだそうです。


 ちなみに彼にはお兄さんがおり、後継ぎはお兄さんに決まっていました。彼はもともと跡を継ぐつもりもなく、どちらかと言えばそういった類の話を面白おかしく体験するのが好きな……僧侶には向いていないタイプの方です。


 そういう私はと言うと、そういったお話が好きではあるのですが……、ビビりなため自らそういった行動を起こすことはありませんでした。怖い話を読んだり聞いたりするのが精いっぱいで心霊スポット等に行くなんてもってのほか。


 先輩と仲良くなったが最後、いろいろな場所に連れまわされるようになり……。





 最初から読んでくださっている方は少し気になっているかと思いますが、先輩と私は恋人関係ではありません。お互いに好意があったかと言うと、なくはなかった、としか言いようがありません。友達以上恋人未満、がしっくりきます。


 ですが、実はある事がきっかけとなり体の関係を持つ事はありました。今回はそのお話を先にしたいと思います。





 先輩と出会って1年以上は経っていました。その日は先輩の実家に初詣に行きました。年が明けてからすぐだったので、たしか、1月の3日か4日あたりだったかと思います。


 もちろん、先輩に誘われたため。


 はじめて先輩のご実家に行きましたが、非常に緊張したのを覚えています。


 先輩のご両親、お兄さんにも挨拶を済ませて、客間でお茶とお団子を頂いていました。ご両親に限っては「彼女を連れてきた」と誤解したようで非常に興奮されており、お兄さんの方は、先輩がよく私の話をしてくるそうでなんとなく知っていたようです。


 たまに先輩のお母さまとお父さまが興味津々といった感じで顔を出してくださったりと、客間にて先輩とのんびり過ごしていましたが突然、背筋が粟立つようなぞわぞわした嫌な感じが。先輩はもちろん私よりも先に悟ったようで、すぐに私の手を握ってきました。


 暫くそのまま警戒していると、お兄さんが顔を出されて、




「変なのが来た。お前らそこから出ないようにな」




 とだけ言って、またすぐどこかに行かれました。すると体がふと軽くなり嫌な感じもなくなりました。先輩のお兄さんすごいな、と感心していたところ。


 やはり先輩は先輩でした。




「面白そうだな。見に行きたい」


「ダメですよ、ここから出ないようにってお兄さんおっしゃってましたよ」



出た出た、先輩の悪い癖。とため息をついて制止しましたが、簡単に聞いてくれる人ではありません。



「いいよ、俺だけちょっと行ってくる。ここでいい子で待ってろよ」



 そうして、私の手を振りほどいて、いたずらっ子の笑顔を浮かべて出て行ってしまいました。


 ひとり残された私。先輩がいなくなってひとりになった事で、こんなにも不安になるものなのか、と言うくらいに私は恐怖に包まれました。小さくなって壁に寄りかかり膝を抱き、たったの5分が、まるで1時間に感じられ。膝に顔を埋めて、先輩の帰りを待ちました。


 どれくらいたったかはわかりません。ぞわぞわぞわ。


 また、嫌な感じがしたのです。そしてすごく寒くなって。こわい、こわい、こわい。何かが近くにいる。何かってなんだろう。


 顔を少しあげてちらちらと辺りを見渡しても、私には何も見えません。ただ、感じるだけ。何かがいる「感じがする」だけ。


 先輩と出会うまでは感じることもなかったのにな、なんて考えながらまた顔を伏せた、時。後ろは壁のはずなのに、後ろから何かに包まれたような感覚。体は動きません、声も出ません。ただ嫌な感じの何かに包まれている。次第にそれは、手のような何かで私の体をまさぐりはじめました。


 服を捲られる、脱がされる、というようなことはないのですが、それでも何かが直に、肌の上を這っている感覚。人間の手とは違い、じとっとした、ぬめりを帯びたような。しかし間違いなく、営みを行うかのような、這いずり方。


 気持ち良いのか?と思う方もいるかと思いますが、正直に言えばNO。ただただ気持ち悪い。


 1ミリたりとも感じません。濡れません。吐きそうになるほどに気持ち悪い、そして怖い。


 しかし体は動きません。この体勢でもまさぐられる感覚はあるのですから、相手としてはどのような形であっても得体のしれないものを「挿入」出来てしまうんだと考えました。


 やばい、やばいやばいやばい。


 パニックも良いところでした。


 先輩帰ってきて、助けて。


 必死で心の中で助けを求め、抵抗していたら急にドアが開きました。そのドアの開く音と同時に、動かなかった体が動くようになり顔をぱっと上げました。先輩が、私の名前を呼びながら駆け寄り、抱き寄せてくれました。


 するとまとわりついていた「何か」はすーっとなくなり、嫌な感じも消えたのです。



「ごめんな、俺がここ出ちまったばっかりに」



 継がなかったものの、やはり先輩は特別なのだ。ここにいる、それだけであのおかしなものは寄ってこなくなる。


 私は彼と出会うまで霊感なんてものはゼロだったし、今は微妙な立ち位置だからこそ余計に、おかしなものが寄ってきやすいのだ。きっとそう。


 恐怖に震えはしたけれど、涙はまったく流れませんでした。


 そのあとは、お父様やお兄さんがいらして先輩がこっぴどく叱られ、私はいわゆる御祈祷、お祓いというものをしていただいた後にお兄さんから、



「これ、持ってて」



 とお守りを渡されました。なるべく肌身離さず持っているように、と。そうして私は先輩の実家を後にして、先輩の車に乗り込みました。その間は、ずっと無言でした。


 先輩の家に荷物がいくつか置きっぱなしだったため一度先輩の家に。気まずい雰囲気の中「お邪魔します」と一言呟いて上がると、こちらを振り向いた先輩が、私を包みました。



「もう、今後は離れないから。巻き込んだついでにちゃんと守るよ」



 と、頭をよしよし、と撫でてくれたのです。急に安堵した私はやっと、こみあげてきた涙を止めることは出来ませんでした。


 あの、まさぐられる感覚が肌から、頭から離れませんでした。


 泣きながら、その事と怖かった事とを伝え催す吐き気を堪えていると、優しい手つきで先輩は、私を彼の布団の上に押し倒すような形でおろしました。



「大丈夫、忘れさせてやる」



 そうして、恋仲でもなんでもない私たちは、一線を超えてしまいました。情事後、嘘のようにあの恐怖でしかなかった感覚は全く思い出せなくなりました。本人には確かめられませんでしたがきっとそれは、愛だとかそういうものではなく、先輩の力で行った、「お祓い」のようなものだったのでしょう。


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