2.廃ホテル

 昔、10代の頃バイトしていたバイト先の先輩の話。


 先輩(男性)とシフトが被ることが多く、よくいろんな話をしてくれました。色白で細身、背が高く(当時訪ねた時に185センチあると伺いました)出立は堂々としている方でしたが、非常に変わっていました。


 いつも私にしてくれるお話は、所謂「オカルト」な話でご実家がお寺のためか、血筋によりいろいろなものが見えるんだそうです。


 ちなみに彼にはお兄さんがおり、後継ぎはお兄さんに決まっていました。彼はもともと跡を継ぐつもりもなく、どちらかと言えばそういった類の話を面白おかしく体験するのが好きな……僧侶には向いていないタイプの方です。


 そういう私はと言うと、そういったお話が好きではあるのですが……、ビビりなため自らそういった行動を起こすことはありませんでした。怖い話を読んだり聞いたりするのが精いっぱいで心霊スポット等に行くなんてもってのほか。


 先輩と仲良くなったが最後、いろいろな場所に連れまわされるようになり……。



 その日のバイトは午前中9時から午後3時までだったため、バイトが終わってからシフトの時間帯が同じだった先輩とカフェに行くことにしました。先輩は甘党だったのですが、男ひとりでは行きづらいとのことで、奢ってくれる、という言葉に乗せられてついていきました。


 全国的に有名なチェーン店等ではなく、地元では、程度の少し古びた喫茶店。ここのチョコレートパフェが美味しいとのことでふたりともそれを注文しました。


 以下、先輩の語りにて進めます。



 ここのチョコレートパフェで使ってるチョコレートがさ、なんか簡単には手に入らない感じのやつらしいんだよ。原料のカカオが、だっけ、忘れたけどとにかく美味いから。


 それに、知ってる?すげー昔の話だから今は知ってる人間そうそういないか。俺も聞いた話だからどこまで本当かわかんねーけど。ここから見える、ほら、あのグランドホテル、随分前に潰れちまって、なんだっけ……アスベスト?ダイオキシン?かなんかで解体が出来ないんだと。すぐ隣に老人ホーム建ってるだろ?だからそっち側が反対してって話。だから廃れたまんま放置されてて、ヤンキーとかが壁に落書きしたり酷い有様なのよ。


 で、本題なんだけどな。……あ、ちょっと察した感じ?そう、でるんだよ。何がって?ユウレイ。


 ここらでちょっと仲良くなった爺さんがいろいろ話してくれてさー。4階の、408号室で殺人事件があったらしくて。


 夫婦で宿泊していて、嫁さんの不倫が旦那にバレてて、海の見えるあのホテルで嫁殺して自分も死のうって考えたんだろうなー。そこらを観光したあと、夜遅い時間に嫁さん刺して旦那の方は風呂で自殺。…したらしいんだけど、旦那は未遂に終わって死ねなかったって。檻みてーな病院に入ったんだけど、事あるごとに「すまなかった」って泣き叫びながらなんにもない空間に謝ってばっかりで、狂っちまったと。で、旦那は相当長いこと苦しみながらその病院で急な心肺停止で死んだんだってさ。


「…パフェきましたよ先輩。そういうお話いらないんで食べませんか」


 いいから、いいから。もうちょっと続き聞いてくれよ。それからというもの、あのホテルにはその嫁の霊が出る、って事で割とこの辺じゃ有名な心霊スポットになってんの。知らなかった?で、ちょうどこの店のこの席から見える……右から2番目のあの窓が例の部屋な。…お前霊感とかなさそうだなー。ちょっと手、貸して。


(そう言って先輩は私の左手を握りました)


 …さ。目、凝らして、あの窓見て。







 手を握られたことにドキドキしてる間もなく言われた箇所をじっと見ると、握られた指先から熱いものが昇ってくるような感覚になりました。そして、その窓に黒い、影。影がふたつ。髪の長い影と、それよりも背の高い影。そして、背の高い影は少し離れたところにいた髪の長い方の影に、何かを振り下ろすしぐさをしました。







 その顔。見えたか。


 嫁の霊だけじゃなくて、旦那の方もあそこに縛られてるんだろうなー。そして、何度も何度も、殺人を繰り返す。死んでも尚、嫁に刃物を振りかざして、血が流れて崩れる…狂おしいほど愛した妻が死んでいくのを眺めることを繰り返すんだ。切ない話じゃないか。


 顔まで見えたか?そっか、影だけ。俺にそこまでの力は備わってないってことかーショック。俺にははっきり見えるよ、死にゆく女の悲しい表情も、泣きながら歯を食いしばってる男の表情もね。…それに共鳴するように集まってきた、別の何か達も。


 浮気も不倫なんてするもんじゃねーよ。愛した相手ひとりで十分じゃないか。俺なら、裏切るような事しないけどな。その手、離したりしない。







 悲しそうな切ない表情で、私の手を握る力が強くなりました。でも、それは私のことでは決してなく、別の誰かを想ってなのだとすぐに察して。つられて切なくなって、握る手を離してその手でよしよし、と頭を撫でました。


「さて、パフェ食うかー」


 正直私は、もう食べる気も失くしてしまったんですが……。いつも通りの表情になった先輩は、おいしそうにパフェをほおばっていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る