第2話 「ハン」なのか、「ケンナリー」なのか

 気がつくと、カケルはベッドに横になっていた。

「ハッ!」

 ガバッ、と半身を起こした彼は、ひとまず安心した。

(やっぱり夢、か。あんなリアルに怖いのはやめてほしいけど)

 見知らぬ部屋の中で、彼はひとりごちた。

「どっか異世界にワープするんだったら、もっとこう……、楽しい世界がいいよな」

 ただ上空から落下して死ぬだけなんて笑えないぜ、と言いかけたところで、彼はようやく目の前にこちらを覗き込んでいる女の子がいることに気づいた。

だいじょうぶサペー・ロー?」

 彼女はカケルの知らない言語で話しかけると、丸っこい大きな目をぱちくり、とさせた。

あなたムーだれなのロー・ノー?」

 ベッドの横に立つ彼女は不思議そうに彼を見つめた。

「え……、ごめん。ちょっと何言ってるか分からない」

 反応に困って、カケルは日本語でツッコミを入れてもみた。しかし無論、彼女にはそれが聞き取れているようには見えなかった。

 全く言葉が通じず、しばし二人の間に気まずい沈黙が流れた。

「よしっ、ボディランゲージでなんとかするか!」

 そう意気込んだものの、先学期英語の成績が赤点スレスレのカケルに日本語以外の言語などできるはずもなく。

「俺は、たなか、カケル。カ、ケ、ル」

 カケルは日本語でゆっくりそう言って、自分の鼻を指差した。

「……カケル?」

 彼女は困ったように聞き返した。

「そうそうそう! それが、俺の、名前。あなたの、名前は? あ、な、た?」

 再び鼻を指差す彼を見て、彼女は訳も分からぬまま自分の鼻を触った。

「……ハン?」

「そうか、そうか! 『ハン』って名前なんだな!」

 カケルは何度も「ハン」という言葉を連発した。

「で、ハンちゃん。ここは、どこ?」

 彼はここでようやくをしてもみた。

 その妙にエスニックな部屋はカケルの高校の教室でも、彼の自室でもなかった。

 そして何より、目の前にいるこの浅黒い肌の彼女の下半身には

 彼女はどう考えても日本人ではない。というか、ですらなさそうだった。

「……何なのイェー・ノー?」

 彼女はそう言いながら、手のひらをクルクルとさせるジェスチャーをした。分からない、という意味だろうか。

「あなたは、?」

 カケルは両手でパタパタ、と鳥のように羽ばたくジェスチャーをしてみた。

そうよハーレーケンナリーだしケンナリー・ハー

 これだけは理解できたのか、彼女は自分の羽を触りながらもう一度「ケンナリー」と言った。

「そうかそうか! 『ケンナリー』なんだね! ごめんごめん!」


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