第5話 ただのチートスキルです
金髪碧眼の小さな女の子は、全員に向かってあいさつした。
「アシュリー・ハーネット。日本のみなさん、よろしくお願いします」
アシュリーは流暢な日本語でそう言い、わかる程度にペコリと頭を下げた。
純真無垢そう顔つきに、声も身長も小学生みたいで、絵本の妖精が飛びだしたかのようなビジュアル。
普通なら男女問わず、超可愛いと盛りあがろうものだが空気は重い。
だって大剣を背負っている。
銃刀法違反がダンジョン化現象により一部改訂されたとはいえ、あそこまでの大物は攻略者の身分証をつける義務がある。それがない。
あと、あの子から殺気が漏れているし。
クラスメイトも転校生の異様な雰囲気に声を出せずにいる。
ミャー先生に説明を求める視線を送っていたが、先生は笑顔を引きつらせたままだ。
ミャー先生もよくわからないまま、あの子をクラスに捻じこまれたみたいだな……。
隣の
「た、田作君の、関係者なのかな……?」
慌てて首をふったが、俺への視線をチラホラと感じた。
変人は俺関係者だと言わんばかりだが、俺だって知らんぞ!
いえ嘘です心当たりがあります。怪物専門のハンターっぽいです。
だがしかし!
間違った高校デビューの可能性も捨てきれない!
聞きにくい空気の中、太田が勢いよく手をあげた。
「はいはーい! 質問ー! 転校生ちゃんの大剣ってキャラ付けなわけー?」
太田すげーーー⁉⁉⁉
この空気であけすけと聞きにいったーーー‼‼‼‼
人間の夢にもぐる第9真祖≪
「キャラ付け……?」
アシュリーはわずかに首をかたむけた。
「そそ。その大剣は、めちゃつよ攻略者アピールとか?」
「これは万象グランスレイブ。いかなる魔を祓いのける退魔の剣。数百年も使い手がいなかったけど……剣が呼びかけに応えたの。……もしかして頭が痛い、とか? 第3封印までしか解除していないから人間には影響ないはずだけど」
「あー、そっかそっか。気合が入りすぎた系ね」
太田よ、俺をチラリと見てくるな。
万象グランスレイブか。
剣から魔性殺しの神秘を感じる。モノホンだ。あの手の神器はあらかた消失したと思っていたのだが……。
俺が冷や汗を垂らしていると、ミャー先生が息苦しそうに話を進める。
「そ、それじゃあアシュリーさんの机はあとで持ってくるとして……どこがいいかしら」
アシュリーは、一番後ろの席にいた俺をまっすぐ指さした。
「あの人の背後がいい」
背後て。奇襲でもするんかい。
完全にロックオンされている……。
「待ってくれ! ミャー先生!」
「美樹先生です。なにか? 田作君」
「お、俺の後ろの席はシャーペンの先で首を突いてくるような……。こう、なにかと、ふりまわしてくる系女子じゃなきゃダメなんだ!」
「またアニメの話ですか……」
ハンターっぽいアシュリーに背後をとられたくないもあったが、俺は願望を多少なりとも本気で言った。
しかしアシュリーが淡々と返してくる。
「ボク、大剣をふりまわす系女子だよ」
「ふりまわすの意味がちがう!」
ボクっ子か!
ぐううううう……良いっっっ! ベネ!
まさかのボクっ子で大きく動揺してしまった俺に、アシュリーは歩み寄ってくる。俺の背後に陣どるつもりなのだろう。
今すぐ逃げだしたいが……アシュリーの正体が謎過ぎる。
背後に大きな組織でもいれば厄介だぞ。
下手すりゃあ十数年は日本に来られなくなる。
とことん平凡な男子高校生を貫きとおすしかない!
「あ。こけちゃった」
アシュリーが白々しくつぶやき、大きく踏みこんで剣を縦にふるう。
ビュッと空気が裂ける音がして、剣先が俺の前で止まった。
みんな声を完全に失っている。俺だってそうだ。
万象グランスレイブから魔性殺しの神秘をヒシヒシと感じる。ソシャゲの大型ギルドバトルから一度も逃げなかった俺が、裸足で逃げだしたくなった。
「逃げないね。ボクが斬るつもりないってわかってた?」
アシュリーの口調は平坦でも殺気が漏れている。
クラスメイトは氷漬けになったように動かないし、ミャー先生はあわあわと口をあけて放心しているし、羽曳野はキョドキョドしている。
だけど、ここで俺が慌ててはいけないのだ。
「ビックリして避けられなかっただけだ」
「全然動じないね。すごい」
「危険なダンジョンが湧くようになった日常だ。そうそうビビらないって。……どうして俺に剣なんかを?」
「正体、明かすかと思って」
俺を怪しんでいるが確証はないのか。
なら今は徹底的に知らんフリしよう。
その内、ルラ一族がアシュリーの背後関係を徹底的に洗うだろう。
「俺はどこにでもいる平凡な高校生だよ」
「平凡な高校生はリザードマンを瞬殺しない」
「あの動画は俺じゃないって言っても……通じないか。でもなあ、俺にほんと変わったことはないと思うぞ? 調べてみたらいい」
俺は椅子から立ちあがって、両手を軽くあげる。
毒気が抜かれたか、アシュリーは一度大剣を下ろすのだが。
「わかった。調べてみる」
と言って、俺の鳩尾を平手で思いきり叩いてきた。
俺は勢いよくふっ飛ばされて、教室の壁にめりこんでしまう。
ええ……。ラッキースケベからの平手バチコーンッはいつか期待していたけれど、なんのご褒美もなしの暴力オンリーはちょっとなあ。
「あのさ、アシュリー」
「なに? 深淵の者よ」
「暴力に訴えてもなーんにもないぞ。それとも、魔女裁判でもはじめるのか?」
「…………壁にめりこんでも平然としているのに?」
ハッと気づいた俺は、壁にめりこんだまま教室を見渡す。
クラスメイトは信じられないモノを見る瞳でいる。
あれは理解のできない化け物を見つめる瞳だ。
懐かしき――畏れの瞳だった。
俺の日常が音を立てて崩れていく気がした。
「正体をあらわせ、深淵の者」
「だ、だから正体もなにも俺はただの平凡な高校生だ」
「じゃあ、なんで力を隠していたの?」
アシュリーの膂力も大概だろうに。
彼女は大剣を水平に構えて、いつでも俺の首を断たん勢いだ。
くっ……ここで、俺の日常は終わるのか……?
平凡でゆるやかな日常が浮かんでは消えていく。
どう考えても挽回不可能な状況に、唇を噛んだ。
イヤだ……。
このままじゃあ俺は死ぬよりも辛い思いをしてしまう……。
日本でのアイデルマスターのコンサートも、コスプレイベントも、漫画家さんのサイン会も、ソシャゲのリアルイベントもなんもかんも全部諦めなければいけなくなる……。
そんなのっっっイヤすぎる……!
俺はまだ、ぬくぬくした日常でオタ活したいんだっっ!
絶望的な状況に追いこまれたゆえか、光がおとずれる。
『――このたわけが! お主が何者か思い出せ!』
キルリちゃんの声が聞こえた。
そう、脳内で再生させた(グラアカ三章の名シーンから抜粋)。
そうだ。自分が何者か思い出せ。
エダ・レ・ジニア・ロンベルク!
オタクだろう⁉ あと最後の真祖。
巨大な力をもった主人公はこんなとき、どう答える⁉⁉⁉
……そうだっっっ!
俺はたいへん実にすっとぼけた顔で告げる。
「――俺、なにかやっちゃいました?」
さしものアシュリーも口をぽっかりとあけた。
「……壁にめりこんで平然としておいてなにを言っているの?」
「それはつまり……俺は壁を破壊しながらふっ飛んでおくべきだったってことだよな?」
俺の台詞に、教室の空気がわずかにゆるむ。
アシュリーの瞳に怒気が色濃くあらわれた。
「ふざけないでっ!」
「すまない……。俺はオタク知識には自信があるんだが、一般常識には疎いんだ」
「ぶ、物理の問題だよ!」
アシュリーは子供みたいに唇をふるわせた。
よーーーーし、俺のペース!
このまま無自覚主人公キャラをつきとおしてやれえええええ!
「壁にめりこんで平然としているのはおかしいのか?」
「お、おかしいよ!」
「でも俺は無傷なわけだし……」
「だからそれはお前が――」
「まさか、俺のスキルか⁉」
「ダンジョン外でスキルは使えないよ!」
「いや、ずっと前から妙だと思っていたんだ。俺は平凡でなんてことない男子高校生だったはずなのに――」
俺はそれはもうドヤ顔で告げてやった。
「まさか、俺にチートスキルが宿るなんて、な」
「チ、チートスキル……?」
アシュリーはオタク知識に乏しいようで理解に苦しんでいる。
ククッ……平凡な人間にチートスキルが宿るなんて、今じゃあ見慣れた創作話だ。
こんな話、みんな信じるわけがないって顔だな?
通る可能性があるんだよ。
「んだよー、
太田が呆れたように言うと、教室中からクスクスと笑い声が漏れはじめた。
みんなして「バカじゃねーの!」「この騒動も仕込みじゃないだろーな!」「えっ。チートスキルはマジなん?」「あのオタク、やっぱ頭やべーわ」と穏やかな笑い声……いや嘲笑もはいっているが、俺のノリを『はいはい。いつものね』とわかった風で察してくれている。
俺が励んできたオタ活は伊達じゃあないんだよ!
濃いぞ‼‼‼
「だめ……! 深淵の者に騙されないで……!」
アシュリーは切実な声でみんなに訴えている。
ククッ、お前も巻きこんでやるわ!
「深淵の者……それが俺の力の根源、なのか?」
太田から「そりゃ厨二きまりすぎだろー」と即ツッコミがはいる。
笑いが起きた。
フハハハハハハハハハハッ!
これでお前は厨二発症系美少女として高校デビューだな!
イヤであればこのまま失せろっ、ハンターらしき美少女よ!
そして二度と戻って来ないでください。本当にお願いします。ただの平凡な高校生じゃないけれど、オタクなのは間違いないんです。
そんなアシュリーは実力行使にでようとしていたが。
「あ、あの、アシュリーさん。暴力は……」
ミャー先生の泣きそうな表情に、息を吐いて殺気をしずめていた。
しかし、鋭い視線を俺によこす。
「だったら、ボクと一緒にダンジョン攻略をして」
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