第6話 ダンジョン攻略はじめました①

 放課後。俺は洞穴にいた。


 岩肌はゴツゴツしていて、洞穴奥からはぬるい風が吹いてくる。灯りはどこにもないのに視界は明瞭。なるほど、よく知らない法則が働いているらしい。


 ベーシックな洞穴ダンジョンだった。


 フェーズ1『魔物誕生』なので危険度は低い。

 民間の攻略隊に依頼すれば、最深部のダンジョンコアを破壊してもらえるだろう。


 俺がどうしてこんな場所に来たのだが。


「どもー。巷でバズった平凡な男子高校生でーす」


 配信ドローンが、やる気のない俺にカメラを向けていた。


 この配信ドローンは自動追尾システム付きの超高度な代物。

 ダンジョンが発生するようになって、まっさきに内部を安全に探索できる技術が発展した。

 配信ドローンもその内の一つ。

 ダンジョンに対応したツールが内蔵されている。


 たとえばだ……。

 ちょうど配信ドローンから光が放たれ、空中に青白いウィンドウ画面がひらく。

 俺の顔が画面に映し出されていて、横のチャットが活発に流れはじめた。


〈こいつが噂の子?〉

〈髪色ちがわくね?〉

〈外部アプリで調べたが、AI判定で本人だとよ〉


 AIね……。

 高度に発達した化学は魔術と変わりないというが、スキルなんかよりこっちのほうが俺は脅威を感じる。


 一昨日の魔法少女も配信ドローンを飛ばしていたらしい。


「一応本人っす。なんだか世間を騒がしたみたいだけど……俺なんかやっちゃいました?」


 俺はニヘラと笑う。


〈うん? 無自覚?〉

〈待て待て! わかっている奴かもしれんぞ!〉

〈そういったコンセプトの攻略者かもしれん!〉


 チャットの勢いが増す。接続者が増えてきたな。

 配信チャンネルを開設していないのに、野良配信でもこうしてどんどん集まってくるあたり攻略界隈はエンタメに飢えていたようだ。


〈田作ー! がんばれー!〉

〈権太郎ー。よくわかねーけどオタクのノリはほどほどになー〉


 リアル知人らしきコメントまであるし!


「えっとー、今日はダンジョンを攻略してみよーと思いまーす」


 俺はちょっと気恥ずかしさを感じながら言った。


〈え? 素手? D装備の補助もなしで?〉

〈まじ????〉

〈いいじゃんいいじゃん! 面白逸材じゃん!〉

〈勇者よ! 君のような攻略者を我々は待っていた!〉


 ほぼラグなしでコミュニケーションをとれるあたり便利なものだ。

 でもこの配信ドローンはお値段がめちゃ高くて、個人じゃ入手できないはずなんだよな……。


 俺は当たり前のように持ってきた、アシュリーに横目をやる。


「彼は素手で攻略するみたい。すごいよね。どうやったら補助なしにあんなスキルを使えるんだろう。まるで人間じゃないみたい」


 俺がさも人間じゃなさそうに言うじゃないか。そだけども。


 いっしょにダンジョン攻略してというアシュリーの提案は、ようはボロがでないか衆人環視のもとで監視しますよということだ。


〈この大剣を背負った子は誰???〉

〈お仲間??? 同じ制服だよな?〉

〈めーーーーーーっちゃ可愛いーーーー!〉

〈オレちょっとロリコンになるわ〉

〈元からでは?〉


 チャット欄が盛りあがっているなあ。

 圧倒的美少女は、三次元でも二次元でも一大コンテンツになるようだ。


「アシュリー、みんなに興味を持たれているぞ?」

「……」

「俺の正体を探ろうとするくせに、自分のことはだんまりか」


 アシュリーは眉をひそめて、ぶっきらぼうに告げる。


「……ボクは人類の盾【ペンデュラム】の信徒。深淵の者を狩るためにやってきた」


 わりと簡単にしゃべてくれたな?

 素直なのか嘘なのかどーかはあとで判明するとして、だ。

 ネット民が反応に困っているようなので、俺は補足するように言った。


「そーゆー子なんだ」


〈厨二ボクっ子美少女……!〉

〈そんでもって大剣使い!〉

〈いいねえ! やっぱ野生の本物が一番っしょ!〉


 騒ぎはじめたチャットに、アシュリーは動揺していた。


「な、なに? お、お前! 今のはどういう意味だ!」

「ククッ……さーてな?」


 人間共を利用して俺の正体を暴くつもりだったのだろうが、逆に利用して奇人・変人・腫物人間コンテンツに変えてくれるわ!


 アシュリーはむすっとした表情になり、お空のドローンを指で操作する。


「みんな……世間で噂になっている奴のステータスを知りたくない……?」

「へ? ちょっ、やめっ! プライバシーの侵害‼‼‼」

「ステータスオープン」


 ドローンから黄色い光線がベカーッと俺に放たれる。

 ジジジと、なにか測定されているような音がした。


〈一番気になっていたヤツ! レベルとスキルはいかほどじゃー〉

〈みせてみー。みせてみー〉

〈平均限界レベルが30で、人類最大レベルが今135だっけ?〉

〈理論上限界値はないみたいだが……。俺はスキルのほうが気になるわ〉


 そして光の投射が終わったかと思うと、画面に文字が浮かびあがった。


【測定不能】


 …………だよな。人間用の測定だろうし。

 俺のような異形は人間の科学に対応しづらい。センサー系の自動ドアが俺を認識してひらくようになるまで、ちょっと練習が必要だったのを思い出した。


 アシュリーがほくそ笑む。


「測定不能だって。おかしいね? これ最新の配信ドローンだよ」

「つまり……俺のステータスが弱すぎて、測定できないってことだよな?」

「え?」

「俺が弱すぎるあまり、機械に認識されなかったってことだよな?」


 俺はしおらしく言ってやった。


〈なるなるっ! 無自覚系攻略者ね!〉

〈最初からコンセプト固めてくるのはええやん! 期待できそう!〉

〈美少女枠も確保しているみたいだし、大物攻略者がでてきたな!〉


 予想外の反応だったのか、アシュリーは戸惑いを隠せないでいた。


「な、なんで……⁉ 測定不能だよ⁉ 絶対におかしいよ!」


 信じていた人間に裏切られたようだな。哀れな娘め。

 ククッ、コンテンツに関しては俺に一日の長があるのだよ。 


「うーん、俺なにかまたやっちゃったかなあ」


 俺が決まり文句のように言うと、やんややんやと喜ぶようなコメントが流れた。


 多少の違和感があろうともエンタメとして提供すれば、それがルールだと理解してくれる。

 そもそもウケようがスベろうが、俺は誤魔化せればいいだけなのだ。


 クハハッ、俺のゆるふわ学園生活はいまだ崩れず!


「……ん? 蠅か?」


 俺のまわりをブーーーーーンと蠅が飛びまわる。


 ダンジョン内でも蠅が飛びまわるのだなーと、あまりに蠅がしつこかったので、俺は手で強めにバシンッと叩いてやった。


 蠅が地面に落ちると共に、チャットが静まりかえる。

 荒らしの前の静けさのようだった。


「…………俺、なにかやっちゃいました?」


 俺は素で聞いた。


〈っべええええええええええええええええ〉

〈キラーフライを素手であっさり倒したぞ⁉⁉⁉〉

〈今スキルを使う気配があったか⁉⁉⁉〉

〈まじなにもんだよ⁉⁉⁉〉


 モンスターだったのかよ⁉⁉⁉

 もっとわかりやすい姿でいてくれよ‼‼‼


 うぐぐっ……ダンジョン知識が疎いことが痛いな。

 アシュリーは、ポカをやらかした俺にうすい笑みを浮かべていた。


「素手で簡単に倒すなんて……おかしいね?」


 た、大剣をチラつかせるじゃーない!

 イズミからの連絡はまだか……! 

 アシュリーを調べるといって連絡がつかないんだよ……ってきた! 


 俺はスマホのメッセージに目をとおす。


『アシュリー・ハーネットについて調べました。経歴も、学校にきた経緯も、不自然すぎるほどクリーンです。大きな組織が背後についている可能性があります』


 俺は次のメッセージに目をとおす。


『配信を見ています。人類の盾【ペンデュラム】には聞き覚えがあります。数十年前に存在した退魔組織ですね。改めて調査しますが、ルラ一族が動いたとバレると厄介なので、少々お時間いただきます。くれぐれも迂闊な行動は控えるように』


 控えてとお願いされても、俺はダンジョン知識が疎い。

 アシュリーもそれを察したのか、大剣に手を伸ばしながら俺の首筋をチラチラと見つめてくる。決定的な証拠をつかめば即座に断つ気だな……。


 ダンジョン攻略自体に苦労はない。

 俺にとってモンスターはちょっと危険な動物扱い。

 むしろ飼えるなら飼いたいぐらいだ。


 だが、ルラ一族からペット禁止令がでている。


 昔、異形生物を創りだす第5真祖≪新手あらて≫ザザラからペットのお世話を任されたときに、ちょっと失敗したのだ。

 というのも俺がお世話を忘れたせいで異形生物ペット同士で蟲毒が発生してしまい、凶悪生物が誕生。さらには暴走したことで大地が腐ったんだよな……。


 イズミもそんな俺の雑っぷりを心配しているのだろう。


「それじゃあ、ボクと一緒に攻略をはじめようか? 田作権太郎君」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 アシュリーは『コイツすぐにボロをだすぞ』といった、期待と殺意に満ちた瞳でにじり寄って来る。


 まずいまずいまずいまずい……!

 な、なんとか今日だけでも、無自覚系主人公としてのりきらなければ……!


 迫りよる死の気配に俺がたじろいでいると、背後から女の声がした。


「――お困りみたいだね」


 アシュリーが背中の大剣をぬいて、暗がりに向かって構える。


「誰⁉」


 すると、暗がりから美少女があらわれた。


 一昨日の夜に出会った、魔法少女の服みたいな美少女だ。

 魔法少女は剣先を向けられても瞳をキラキラ輝かせていて、片足でタンッと弾むように立ってみせる。そしてクルリンッ・シャララーンといった感じで回転しながら、堂々とポーズを決めてきた。


「蝶よ! 花よ! 癒しの光よ! リアル魔法少女クリーミィ☆プレア……!」


 イズミ。

 俺はもうダメかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る