第4話 真祖のなんでもない日常

 キルリちゃんへの想いを叫んだ動画が流出してから二日後。


 遮光カーテンの隙間から朝の光がこぼれている。

 吸血鬼だから朝に弱いのか、夜更かししたせいで眠いのか。ベッドでまだまだ寝ていたいのだが、今日は学校だ。


 こんなとき真祖の吸血鬼ならばどう起きるか?


 まずベッドの中からスマホに手を伸ばして、ソシャゲを起動する。デイリーミッションをこなしたら別のソシャゲを起動して、ここでもまたデイリーミッションをこなす。


 するとその内、目が覚めてくるのだ。


「――いい加減に起きてください。エダさま」


 制服姿のイズミが、無表情で遮光カーテンをひらいた。


「ぐわあああ! 目があああ! 目があああああ! 俺は吸血鬼なんだ! もっと優しく起こしてくれ!」

「日光など平気でしょうに。今朝の献立はケチャップたっぷりのオムライスです。早くめし上がってください」

「嘘だ! 血がたっぷりドロドロオムライスだろ⁉ 普通に食わせてくれよ!」

「吸血鬼なんでしょ。普通にそれぐらい食べてください」


 ぐぐ……輸血パックをこっそり廃棄していた手前、拒否できない。


 俺がさっくり倒したプレートリザードマン(という名らしい)の群れ。

 プロ攻略隊でなければ対処できない難敵だったしく、それをソロで、しかもキルリちゃんへの想いを叫ぶ男が瞬殺したことからネットで拡散。

 見たこともないスキルなのが拍車をかけ、昨日の夕方あたりで盛大にバズッた。


 ルラ一族が動いたが、もう情報規制はムリだとか。


『大丈夫だイズミ。俺はちゃんと髪色変えたからバレないって。お約束だぞ』

『オタクの常識を世界の常識として語らないでください。大雑把すぎますよ』


 昔から派手にやらかしてきたし、これぐらいでバレないって。だいたいハンターなんて、ここ数十年も見てないし案外滅びたんじゃないかー。

 みたいなことを、心配しすぎているイズミに笑いながら言ってやった。


 人間は、あんなにも怖い瞳ができるのだとは知らなかった。


 まあ、あとは流れに任せるしかないと、今日も学校に登校する。

 俺はイズミと同じ、紅花べにばな高等学校の一年生だ。


 身分を偽って市井に溶けこむのは慣れっこなのだが、なぜ高校生なのかといえば。

 イズミが『お側でお仕えしやすいから』と強く推してきたからだ。

 んでもって、これまた推してきた設定どおり、俺たちは仲の良い従兄妹として学校に通っている。


 今日も田作権太郎たさくごんたろうとしての平凡な日常がはじまる……はずだった。


「――あの人じゃないの?」

「――でも髪色とかちがうし」

「――気合のはいったオタクって評判だし。ウィッグかカラコンでしょ」


 通学路で生徒たちに見つめられていた。

 なんならイズミから『ほら見たことですか』と視線で訴えられいたが、俺は素知らぬ顔でいた。


 だいたい、学校で注目を浴びることなんてよくあること。

 以前も通学鞄にキャラ缶バッジをびっしりつけて登校したときも、これぐらい注目を浴びていたものだ。先生に怒られてしまい今は一個までにしているが、今日の缶バッチはオフィシャル限定の超レアバッチ。


 ククッ、バッチのオーラに人間共も目を引かれているのだろう。


「私、学校を離れます。本家に連絡をいれますね。いいですか、くれぐれも目立たぬように」


 イズミは瞳で念をつよーーーーく押してから去って行った。


 ……うん、まあ、大丈夫。

 ……絶対大丈夫。根拠はないが大丈夫。

 ……ネット民に身元探られていたみたいだけど大丈夫。


 俺はなにくわぬ顔で教室に入ると、クラスメイトの太田健介がニコニコと話しかけてきた。


「権太郎! このバズった動画はお前だろ!」

「し、知らん知らん! 俺はなんも知らん!」

「はははっ、こんな気合のはいったオタクがお前以外にもいたら世界は滅亡しちまうよ! なになに、お前めちゃ強かったのかよ!」


 太田ァ……!

 フレンドリーなところは嫌いじゃないがさあ……!


 クラスメイトも聞きたいのか、太田に任せますって顔しているな。


「俺はそのときアニメのリアタイ中だった! だからなーんもしらん! オタクはな! 基本ひきこもりなんだ! あんな寒い日にわざわざ外に行くわけがない!」


 すまない……っ、同胞オタクよ……!

 同胞たちを下げるような発言……最後の真祖であるエダ・レ・ジニア・ロンベルクが誠心誠意謝罪する……!


 俺が自分の席で地蔵になったからか、太田は顔をしかめた。

 ふんっ、真祖がそう簡単に口を割るわけがないだろうが。


「わーったよ。権太郎にとってなにか大事なことがあるんだとしたら、いわねー理由はきかねーよ」


 太田はニッと笑って、自分の席に戻っていった。


 ぐう……なんたる気遣い!

 心が揺さぶられて思わず口を割ってしまいそうだ!


 俺が言いたい気持ちをおさえていると、隣の席の女子がたどたどしく声をかけてきた。


「ど、動画がすごく広まって、大変だね……田作君」

羽曳野はびきの……」


 羽曳野マヤ。

 闇のように濃い長髪で前髪を垂らしているメカクレ美少女だ。


 顔はハッキリ見たことないが彼女が美少女だと確信している。

 吸血鬼の勘ではない、オタクの勘だ。

 なぜならメカクレ女子は瞳がキラキラした美少女であるはずだからだ。


 ちなみに瞳が見えなくても、メカクレ女子は美少女だ。


「みんなしてバズッた動画が俺だと決めつけすぎじゃないか」

「……命がけの状況下でキルリちゃんって叫ぶのは田作君ぐらいだから」


 羽曳野は静かに微笑んだ。


「命がけの状況下じゃなかったのかもしれないぞ」

「そ、そうなの……⁉ 田作君ってそんなに強かったんだ……」

「アレは俺じゃないぞ?」

「そ、そうだよね。オタク友だちの田作君が強くてちょっとびっくりしていて……って、田作君じゃないんだよね」


 羽曳野はワタワタと訂正した。

 こんな所作はすごく愛らしいと思う。


 彼女は俺のオタ話に付き合ってくれる数少ない友人だ。

 たまに漫画の貸し借りもしたりする。

 漫画研究部ただ一人の部員でもあり、以前部員にお誘いもされたのだが、俺は創作することができない消費系オタク。泣く泣く、断腸の思いで断わったものだ。


「じー」

「? なんだ、羽曳野」

「ウィッグやカラコンじゃなかった、なって」

「だからアレは俺じゃないって」

「う、うん、そうだよね……。うん……。た、ただ、あの魔法少女さんがすごくお礼を言いたがってみたいだし……? あのときに気づけなくてごめんなさいとも……。ちょっと暗かったし……雰囲気もちがったから……」


 羽曳野はいつも控えめな子だが、それにしても今日は様子がおかしい。

 そもそもだ。


「あの綺麗な魔法少女と羽曳野は関係ないだろう」

「き、き、綺麗⁉」

「……急に立ちあがって、どうしたんだ?」


 羽曳野は頬を赤らめたまま席から立ちあがった。

 自分の行動に気づいたのか、慌てて席にポスンと座る。


「た、田作君が女の子……三次元の女子を褒めるなんて珍しいなって」

「ぜんぜん褒めないってことはないけど……。瞳がキラキラしていた子で、すごく印象に残っていてさ。いや、もちろん動画で見たわけだが」

「そ、そうなんだ……えへへ……」


 羽曳野はうつむいたまま黙ってしまった。

 そういえば、羽曳野のは一昨日の魔法少女と声や背格好が似ている。

 羽曳野の瞳もあんな風にキラキラしていて綺麗なのかもしれない。


 むしろ、あの子なのでは? 

 ひっこみ思案な性格をなおしたくて、密かに攻略配信をはじめたとか?


 ……いやいや、ないかー。

 隣の席の女子が実は、美少女魔法使いだなんて都合のよすぎる妄想だ。イズミに『妄想と現実の区別をつけて』と怒られてしまうな、ククッ。


 とりあえず、みんな深く聞いてこないスタンスのようだ。

 ゆるい雰囲気の良い学校だ。市井に溶けこんだ甲斐がある。


 ただ寂しいかな、ごらんのとおり俺にうわついた話はない。

 入学前は学園ラブコメをちょっと期待はしたが、主人公の素養がなかったらしい。


 もちろん鈍感系主人公の線を考えはしたが、俺は吸血鬼。

 そういった気配には敏感だし、女心にも敏いほうだと自負している。


 イズミとは同棲しているようなものだが、従者なのでノーカン。あやつにも『俺たちの関係ってラブコメっぽいよな!』と語ったら、『は?』一言で返してきたし。従者としての感情以外はないのだろう。


 俺としても、どこにでもいる平凡な高校生が一番。

 この日常も俺にとってはうたかたの夢であるが、すべてが幻というわけでもなし。

 ラブコメ主人公になれずともいい、日常系主人公も好きなのだ。


 ククッ……今の時代、やはり真祖の力を使ったぐらいではバレへんバレへん。

 さーて日常系主人公らしく、机でぐでーんと寝そべってなんでもない日常をボヤくとしようじゃないか。


 と、ガラガラ扉がひらく。

 担任の先生だ。


 いつも温和で優しいミャー先生(美樹美智子みきみちこ)の笑顔がひきつっている。

 ミャー先生は教壇に立つと、こう告げた。


「み、みんなー……転校生を紹介するねー」


 妙なタイミングでの転校生に、教室中がワアァァァと盛りあがる。

 小さくて可愛い女の子が入ってきたからだ。


 だけどすぐに教室中がフエェェェと盛りさがる。

 なぜなら小さくて可愛い女の子は、を背負っていたからだ。

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