第2話 その力、真祖の力   

 叫び声のあった方角に、俺は駆けていく。


 ここらは、フィギュアやプラモデルやアニメグッズの専門店が並んでいる地域だ。

 なにか事件が起きて、オタク業界に影が差しこむのは許されないぞ!


「あれは……ダンジョンか!」


 五重の塔みたいな建物が、歩道をつき破ってあらわれていた。

 違法建築も甚だしい塔は異様な圧を放っていて、まわりの景色が溶けるように歪んでいる。


 ディメション・ボーリング現象――ダンジョン化現象だ!


「身体と意識の感覚がズレる……外への浸食がはじまっているな!」


 ダンジョン化現象がフェーズ2『浸食拡散』に移行しているみたいだ。

 放っておくと浸食がどんどん進行して、あの塔は周辺地域をとりこんで九龍城みたいな大迷宮と化してしまう。


 俺としては攻略隊に対処を任せておきたいのだが……。

 いた! 塔の近く!


 女の子が尻もちをついている。

 魔法少女のような可愛い服を着ていて、身動きできずにいた。


「攻略者だ! さっきの叫び声はあの三次元女子だな!」


 塔からモンスターの影が伸びて、魔法少女に迫っている。

 女の子は瞳がキラキラとしていて、滑らかな長髪は闇より色濃い。世が世ながら吸血鬼に狙われてもおかしくないほどの愛らしい子だ。


 人間なんかを助けるのかと、仲間たちの声が聞こえた気がする。


 だが、今の俺はただの二次元を愛する者なのだ!

 なにより、同胞オタクたちの聖域を乱すものは許さない!


「変…………身ッ」


 俺の黒い髪と瞳が、赤髪と紅眼に変わる。

 闇が集まりマントとなって、仮初の姿から真祖とになった。パーカーとスニーカーはそのままだが。


 ちなみに変身ッ、と声をあげる必要はまったくない。これっぽっちもない。

 だけど真祖や吸血鬼である前に、俺は男の子なのだ!


 俺は跳躍しながら魔法少女の前におどりでる。


「待たせたな! 魔法少女の君よ‼」

「えっ??? だ、だれ……? 待たせたって、なに……?」


 しまった。美少女のピンチに颯爽と駆けつけるシチュエーションに熱が入りすぎて、若干距離感を間違えた気がする。


 魔法少女は困惑した表情から、すぐに俺の身を案じる表情になる。


「ダ、ダメだよ……! あのダンジョンはフェーズ3……『魔物流出』まで至っているの……! 外敵排除のため、ダンジョンから危険なモンスターが湧いてくる……! この場を離れて……!」

「だったら余計に離れるわけにはいかないな」


 俺が微笑むと、魔法少女は瞳をパチクリさせた。


 うん。良い人間だ。

 叫ぶほど怖かったろうに、まったくの他人である俺を心配している。


「く、くる……! わ、わたしが時間を稼ぐからあなただけでも逃げて……!」


 魔法少女は地面に落ちていた教鞭のような杖を手にし、ふるえながら立ちあがる。


 彼女の瞳の光は、精一杯の勇気がにじんでいた。

 誰かのために恐怖にあらがえる人間を前に、キルリちゃんカードを当てたときと同じぐらい、俺は嬉しくなった。


「逃げないさ、俺の沽券にかかわるからな」

「沽券……?」


 吸血鬼は美少女を慈しむもの。

 逃げるわけにはいかないさ。


 俺が余裕たっぷりに頬笑むと、十数体のモンスターが塔から這いずるようにあらわれる。


 ヘビと思ったモンスターが、ぬらりと立ちあがる。

 硬そうな鱗の二足歩行のトカゲ。こいつはたしかリザードマンだ。

 奴らは剣や斧を手に持ち、さらには重厚な鎧で防御を固めている。


「シュルル……」


 リザードマン共は長い舌をチラつかせながら殺気を飛ばしてきた。


 やはり古き幻想俺たちとはジャンルが少しちがうな。

 人の畏れが形になった古き幻想たちは、おどろおどろしい姿の者が多かった。だが、ダンジョンから湧いてくるモンスターはより生命の形に近い。


 まるでファンタジー世界の住人みたいだ。


「わたしたちを襲ってこない……? どうして……?」

「ま、そこそこ強いモンスターなのだろう」


 俺の正体はわからずとも本能で察したか。怯えは強者の証だ。


 けれどモンスターとしてのプライドが勝ったか、少しずつ距離を詰めてくる。

 あと数歩近づけば、その鋭利な凶器で俺たちを殺しにかかるだろう。


「わ、わたしも援護するね……! 攻略隊がくるまでがんばろう……!」


 魔法少女は腹をくくったようで、教鞭のような杖を奴らに向けていた。

 俺はそんな彼女が怯えないよう、落ち着いた声で告げる。


「問題ない。すぐに終わるさ」


 俺の言葉がわかったのか、リザードマン共は怒り狂ったかのように突進してくる。

 俺は慌てることなく右手をかざした。


「――祖は※※※キルリちゃん

 汝の穂先が永劫に届くことはなく好き好き大好き

 狭間の栞が滑り落ちることはなしちょうちょう可愛いよ


 地面にぽっかりと穴がひらき、黒鉄の栞が噴水のように飛びでてくる。

 無数の栞は空中で旋回していき、さながら雪虫のようにリザードマン共にはりついた。


 指先一つ動けなくなったトカゲに俺は詠唱をつづける。


序の7激カワ物語は未だ起きずキルリちゃん


 黒鉄の栞は十数匹のリザードマンを圧縮するように押しつぶす。

 そしてサッカーボールぐらいの球体になったあと、地面にズブズブと沈んでいった。


 魔法少女は杖を向けたまま固まっている。


「リザードマンが……一瞬で全滅……。うそ……」


 今のは祖言語そげんごをもちいた術。真祖術だ。

 耐性のない人間が耳にしたら発狂、もしくは怪異化する可能性がある。ちょっぴりだけ危険な術でもある。


 だから祖言語に、人間の表言語おもてげんごをかぶせて唱えてはいる。

 はたからは『キルリちゃん可愛い』としてか聞こえず、俺のキルリちゃんへの想いがリザードマンを全滅させたように見えることだろう。


「あ、あの……今の力は……? え……? え……?」


 見たこともない術なのだろう。

 魔法少女の瞳は泳ぎまくっている。


 さてと、真祖術を人間の前で使ってしまって大丈夫か、だが。

 ちゃんと対策を考えていた俺は、焦ることなく答えてやった。


「スキルだ」

「スキル……?」

「ああ、俺のスキルだ。今じゃフツーのことだし、なーんにも珍しいことはないよな」


 ダンジョンが発生すれば人間がスキルを使える時代だ。なにも珍しいことはない。まあ異能を使う人間は、昔からちょこちょこいたしな。


 ククッ、完璧な言い訳だ。

 これで絶対に正体がバレることはないぞ。

 俺ってやつはなんてずる賢いんだ。さすが真祖。さす真。


「で、でも……! 一瞬で全滅なんて……!」

「スキルだよ。一切間違いなく、まごうことなくスキルだ」


 俺が言いきったからか、魔法少女は口をつぐんで考えこんだ。


 悩む表情も愛らしい。本当に可愛い子だな。吸血鬼らしくお誘いするべきかとも考えたが、慣れないことはやめよう。


 それに俺は、三次元より二次元なのだ。


「あとのことは民間の攻略隊に任せるか。それじゃあ、夜も遅いし気をつけて」


 俺が去ろうとすると、魔法少女が我に返る。


「ま、待って……! あっ、そうだ! お礼! ちゃんとお礼をしたいので、い、今、時間あるかな⁉」


 うーむ、長話になってボロがでるのもまずいしな。

 俺としても人間から感謝の言葉をもらいたくてやったわけじゃないので、お得情報でも告げてこの場は去ろう。


「今期のオススメアニメは『エルフ参勤交代』だ。ぜひ見て欲しい」

「ふぇ……?????」


 予想外の言葉に頭がフリーズしたようで、彼女は固まった。 

 俺は颯爽と身をひるがえして、夜の闇に消えていく。


 人間を助ける吸血鬼なんてあまりにもらしくないと思うだろうが、俺はこれからキルリちゃんカードを一晩中眺めてしまう存在でもある。


 ククッ、美少女を一晩中慈しむなぞ。

 俺はやはり性根から吸血鬼なんだな。


 ※※※


 深夜。自宅マンション。

 3LDKとなかなか大きな部屋に、俺は忍び足で帰ってくる。


 今夜の買い物は同居人に黙ってのこと。

 もし俺が深夜にキルリちゃんトレーディングカードを買いにいき、なおかつちょっと騒動に巻きこまれたことを知られたら殺されるかもしれない。

 そう思わせるほどの同居人だ。


 真祖より怖い同居人にバレないよう、息をひそめながらリビングを通りすぎようとした。

 しかし。


「――おかえりなさいませ、エダ様」


 罪人に死刑を宣告したくせに、秒でそのことを忘れそうな冷たい声がした。



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