第3話 吸血鬼の従者

「おかえりなさいませ、エダさま」


 真っ暗のリビングで一人、彼女は円テーブル前に正座していた。

 電気もつけず、彫像のように身動きしない。


 有無も言わさぬ迫力に、俺は膝がふるえた。


「た、ただいま、イズミ……。真っ暗な部屋で一人、どうしたんだ? 眠れないのか? だったら俺がよーーく眠れるココアをいれてあげようじゃないか」

「お話しがあります」

「うん……電気をつけるね……」


 俺はパチリと電気をつけて、テーブルで対座する。

 自然と正座になった。


 彼女は新雪のように真っ白い髪をポニーテールでまとめあげて、キレ目の長い瞳を俺に向けてくる。飾り気のないパジャマは死装束にも見えた。


 日暮ひぐれ・ルラ・イズミ。

 俺の同居人であり、従者だ。

 従者といっても吸血鬼の眷属とかじゃなくて、イズミは純粋な人間だ。16歳の高校一年生でもある。


 彼女……ルラ一族は、代々俺の世話役を務めてきた。

 人間の感性と視点が欲しかった大昔の俺は、人間に力を貸すかわりに世話役をするように契約を交わした。大昔のことだし契約もとっくに形骸化しているのだが、律儀すぎる一族なのか毎度世話役をよこしてくる。


 ようは、主従関係なのだが。


「エダさま。夜は外出せぬよう、お伝えしたはずです」


 イズミの瞳はなんの感情も浮かんでいない。

 怖い……下手な怪物よりずっと冷たい瞳だぞ……。


「お、俺は一応吸血鬼なのだが……」

「一応でもなく吸血鬼です。さらに自覚がうすれたのでしょうか」

「夜間外出して心配されるような歳でもないし……」

「はい。エダさまは、真祖エダ・レ・ジニア・ロンベルクであらせられます。血は交わらずともルラ一族の祖。過剰に心配しすぎる、ということはありません」


 表情一つ崩さずに言うんだからなあ。


 ルラ一族は俺の意思、というより真祖エダに忠誠を誓っている感はある。

 歴代お世話役のご多聞にもれず、それがイきすぎる面もあった。


 大昔『我ー真祖だけどー、ニンニクがダメかもー(ただの食わず嫌いだったが)』と漏らしただけで、この世からニンニクを消し去ろうしたルラ一族もいたぐらいだ。


「エダさま。ここ最近は特に、ダンジョン化現象が世間を騒がしております。もし、エダさまが事件に巻きこまれて真祖の力をお使いになり、悪い人間に嗅ぎづかれでもしたらどうするおつもりですか」


 まるで見ていたかのように言う。

 イズミは俺をよく見透かしてくる。


「大丈夫だ。そうなったときの対策はちゃんと考えているぞ」


 ただのスキルだって言いはればいいさ。

 とは、言葉を続けられなかった。


 イズミの表情は涼しいままだが、機嫌が悪いですよオーラがふつふつと伝わってくる。


「イズミ……かなり、怒っている?」

「はい、少し怒っています」


 あ。これ。かなり怒っているやつ……。

 夜間外出のことで怒っているわけじゃないみたいだが、カードのことはバレてないはず。黙っていようとも思ったが、話がこじれる前にさっさと懺悔しよう。


 俺はおそるおそるキルリちゃんカードをテーブルに置いた。


「エダさま、これは……?」

「前に少し言っていたキルリちゃんコラボカード……。どうしても欲しくて……こっそり買いに行ってました……。申し訳ない……」

「無駄遣いはしないように言ったはずですが」

「お、お小遣いの範疇で買ったぞ!」


 俺はたしかに真祖なのだが、毎月お小遣い制で生活していた。


 金がないってわけじゃない。

 貯蓄に関しては、腐るほどの金銀財宝がある。

 というのも、この世すべての財が集まると謂われた、第10真祖≪黄金律おうごんりつ≫ゴルドラールから財の一部を受け継いでいたからだ。


 ただ俺は金勘定がザルで、その昔、金銀財宝をガンガン換金していたら市場が崩壊してしまい、いくつかの国が傾きかけたことがある。

 それ以来、財産管理はルラ一族に任せていた。


 世話役がイズミになってからは管理が厳しくなったが。


「エダ様はアニメに夢中になりすぎです」 

「キ、キルリちゃんはアニメじゃなくて、ゲームキャラだ!」

「同じ架空の存在ではありませんか。幻想の存在にうつつを抜かすなど……しっかりしてください」

「俺だって幻想の存在だし……」


 ダメだ。イズミは『ゆろゆり』のキャラを『ラボライブだろ!』と言ってしまうような子だ。俺のロマンがわかるはずはない。


 というかコラボカードに関しては呆れたようだが、怒った様子はないな。

 もっと別のことか?

 真祖らしさに俺よりこだわる子ではあるが……いまさらだし。


 あっ⁉ ま、まさか、キルリちゃん等身大POP看板が見つかったのか⁉

 あれは雑貨店の店員さんと仲良くなってゆずってもらったものなんだ!

 絶対に、捨てられるわけにはいかない!


「す、すまない……! ちゃんと輸血パックを呑むから! 許してくれっ!」

「ちゃんと……? エダさま、また輸血パックを呑まなかったんですか……?」


 イズミの目が細くなる。

 ククッ……口が滑ってしまったわ。


「いつからです? いつからですか」

「一週間ぐらい……」

「……もっと前からですよね?」

「い、一か月は呑んでいない……」


 俺はイズミと目を合わせられなかった。

 従者の目が怖かったのだ。


 ちなみに吸血鬼にとって血は最高の美酒だとか、別にそんなことはない。

 普通にドロドロしていてマズいんだ……。

 もうさ、濃度100%鉄分味ってー感じで、鉱石を舐めているほうがはるかにマシだ。そもそも人の肌に牙を突き立てて、血を吸うとか生理的抵抗感が強すぎる。


 だから輸血パックはこっそり廃棄していたのだが。


「エダさまが血を吸わないとどうなりますか?」

「人の畏れが形となった俺みずから怪奇性を放棄すると、神秘がうすまるな……」

「弱体化するだけじゃないですよね?」

「最悪、消滅する……」

「そんな状態なのに夜間外出したんですか? 事件に巻きこまれたらどうするおつもりだったんですか?」


 イズミが筋道を立てて、俺をお叱りする。

 お世話役だからこそ、いい加減にはできないのだろう。


 ここで『大丈夫。読みたい漫画や、リアタイしたいアニメがたくさんあるから消滅する気なんて全然ないぞ!』と言っても安心はしないだろう。

 むしろこっぴどく叱られる。


 なので、俺はへりくだった笑みを浮かべながら顔をあげた。


「あ、あははー。血を飲むのは苦手でさー……。あーあー、イズミみたいにうなじが綺麗だったら、俺も血を吸いたいって気になれるんだけどなー」

「…………」


 イズミは唇をむすんで黙りこむ。

 怒ったのではない。ちょっと機嫌がよくなったのだ。


 イズミは『血が美味しそうだよね』と褒めると喜ぶ。

 どうにも自分の血の味に自信があるみたいで、だからか普段からうなじをよく見せているのだとも思う。


 まあ呑む気はないけどな。

 イズミは従者だし、ルラ一族は家族みたいなもんだ。


 とまあ伝家の宝刀を抜いた俺は、そそくさと自室に戻ろうとしたが。


「エダさま、まだ話は終わっておりません」


 イズミは声だけで真祖の俺を金縛りにした。

 ルラ一族で歴代最怖のお世話役になる片鱗があるな……。


「私がどうしてエダさまの帰りを待っていたか、その理由がわかりませんか?」

「う、うむ……」


 彼女の冷たい視線の圧に耐えながら、俺は必死こいて考える。


 怒っている理由ってホントなんだ?

 色んなことが積もり重なって、爆弾が爆発したってわけでもなさそうだが。


 だったらなんだ。イズミを怒らせた理由。

 最近はなにかと世間の目が厳しいし、『正体バレは気をつけてくださいね。悪い人間が狩りにきますよ』と言われてはいるが……。


 今夜もちゃんと対策はしたしなあ。バレるわけがない。

 絶対にバレるわけがないのだ。


 言葉につまった俺に、イズミが嘆息吐く。


「はあ……エダさまはやらかすときは、雑に、派手にやらかしますよね」

「は、反省している」

「学習もしてください。……女の子を助けてしまう、そんなエダさまは嫌いではありませんが」

「? なんでそのことを知っているんだ?」


 するとイズミは真顔でスマホを突き出してきた。


「エダさま、おめでとうございます。素敵なシーンでバズりましたよ」


 イズミの皮肉は耳にはいらず、俺はスマホ画面で『激カワ! キルリちゃん!』と叫んでいる、立派なオタクじぶんに釘付けになっていた。

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