ただのチートですよ? ~真祖の吸血鬼、美少女配信者を助けて激バズる。正体バレかけたので、ただの高校生が力に覚醒しちゃったムーブをゴリ押します~

今慈ムジナ@『ただの門番』発売中!

第一章 オタク吸血鬼。ただの平凡を演じる

第1話 最後の真祖は夜にひそむ

「ククッ、今宵の風も我を呼ぶか」


 高層ビルのてっぺんで、我は満月を背に立っていた。

 冷たい夜風が吹きすさび、漆黒の髪とマントがなびく。人工物から吐きだされたビル風が、我という超神秘を底知れぬ暗き世界に連れ去ろうとしていた。


 我が名はエダ・レ・ジニア・ロンベルク。

 吸血鬼だ。


 吸血鬼といっても家人の血を吸い、下等生物を使役して、日光に弱い。そんな有象無象の怪異ではない。


 我は真祖の吸血鬼。

 真祖とは、人が闇に恐れを抱いていた頃、炎で身を守るしかなかった時代で生まれたモノ。人の畏れが形にとなって恐怖を体現する、超神秘的存在だ。


 人狼も屍人も蛇女も、我らの神性にあてられ人間や動物が変異したものであり、奴ら自身は自然的存在である。


 超神秘的存在は、我ら13真祖のみ。

 あまねく怪異の頂点に立つモノであり、言わば幻想の王。

 だった。


「……月が泣いておる」 


 この街一番の高層ビルのてっぺんからでも、月の光はうすらぼけている。

 下界に広がっている街の灯は夜空の星々よりも輝かしく、凛々しく、人間の時代を告げていた。


 人間はもう闇を必要以上に恐れない。闇は闇だと受け容れている。

 高度に発達したネット社会は、人間のわからないという未知への恐怖を祓うには十分すぎる武器となった。


 そして超神秘という言葉の神性がうすまり、いつしか古臭い言葉になったとき。

 真祖たちは眠りつくと宣言した。

 自分たちへの畏れがなんの変哲もない恐怖に変わる前に、自らの意思で深淵に還ることを決めたのだ。


 そんな中、我だけが違った。


『我はこの世界に残ろう。人間の闇にひそみ、人間を見届けようぞ。祖よ。同胞よ。神秘は決して消えることはない。我らが神秘は我が紡いでいこう』


 我が名はエダ・レ・ジニア・ロンベルク。

 ただ一人の真祖である。


 我は我が望みのために、人の世界を見下ろしていた。


 ククッ……儀式はこれにて終わりだ。

 時は熟した! 今こそ下界に降り立たん! 

 夜は我の時間ぞ‼‼

 

 ※※※


「やったあああああああ! キルリちゃんカードだあああああああ!」


 深夜の大型量販店前。

 パーカーとスニーカー姿の我……もとい、俺はそう叫んでいた。


 手元にはキラキラプリズムのカードが一枚。

 大人気ソーシャルゲーム『グレンブルーカイブ』にでてくる、のじゃロリババアのキルリちゃん描き下ろしカードだ。


 あーーーー、おすまし顔めちゃ可愛いーーーー!

 カードのサインもちゃーんとキルリちゃんとしてのサインだ!

 最っっっ高! 家をこっそり抜け出して、列に並んで甲斐があったなあ!


 グレンブルーカイブが、これまた大人気で入手困難なトレーディングカードとコラボすることになって、しかも店頭限定のランダムアソート特典があると聞いたときは、入手できるか胃が重くなったけど……。

 買いにきてよかったあああ!


 キルリちゃん……。

 200歳だし、俺よりぜんぜん年下だけど心に刺さるんだよなあ。

 彼女がふだん素っ気ないのは、永劫に生きるモノの宿命がわかっているからだし、根はすごく優しくてみんなのお母さんしているところもいいんだよなあー。


 クククッ……自分の力で手に入って超嬉しい……。


 多幸感にみちみちていると、まわりの視線を感じる。

 俺と同じように、店頭販売の列に並んでいた人間たちだ。


 キルリちゃんは大人気キャラクターだ。俺と同じぐらい欲しかった人がいたかもしれないのに、大喜びするのはよくなかったか。


 俺の心配をよそに、人間たちはパチパチと拍手してくれた。


「おめでとう!」

「うらやまでござるが、欲しがった人の手にわたるのが一番でござるよ!」

「キルリちゃんいいよね……」


 目頭がじーんと熱くなる。


「みんな……ありがとう!」


 ククッ、人間たちのそーゆーところ好き。

 俺は笑顔で手をふりつつ、そうそうに帰宅することにした。


 あんまり目立つのもよくないしな。真祖の吸血鬼だからじゃなくて、俺の見た目も恰好も高校生ぐらいだし。補導が怖いんだ。


 高層ビルでの真祖ムーブは、あくまでゲン担ぎだ。

 ソシャゲで10連ガチャ回すときといっしょ。風呂に入って身を清めたり、夜12時ぴったりに回したり、舌で画面タップしたり、高いところで回してみたり。


 人によって儀式は様々だろうが、俺にとってのゲン担ぎがアレだ。

 真祖バリバリだった頃の立ち居振る舞いをして、威厳みたいなものを取りもどせば、運気が回ってくると思ったのだ。


「うー……サムサム。今夜は冷えるなあ」


 歩道にいた俺に、冷たい夜風が通りすぎる。

 吸血鬼であっても寒いもんは寒いのだが、どうしても今夜は外に出かけたかった。


 ちなみに人間を見届けている内に文化に触れて、オタクになったわけじゃない。

 俺はほぼほぼ最初からこうだった。


 同胞たちが深淵に還ると聞いたとき、同調圧力がしんどかったんだよあな。

 え。お前、闇に還らないの的な空気だったし。

 だから。


『我はこの世界に残ろう。人間の闇にひそみ、人間を見届けようぞ。祖よ。同胞よ。神秘は決して消えることはない。我らが神秘は我が紡いでいこう』


 とは建前で本音はこう。


『俺は人間の文化をまだまだ楽しむぞー』


 建前はまるっきり嘘じゃないが、俺はやってくる人間の時代と、彼らが創る文化が楽しみで仕方がなかった。


 おかげでアニメ・ゲーム・漫画(五十音順)に出会えた。

 キルリちゃんという推し二次元美少女にもな!


 今は田作権太郎たさくごんたろうなんて偽名で、日本で文化をエンジョイしている。楽しむ文化が偏っている自覚はあるが、好きなのだから仕方がない。

 ご機嫌な帰路についていると、サラリーマン二人組が前からやってくる。


「先輩ー。ダンジョン発生指数が高まっていますし、もう帰りましょうよー」

「大丈夫大丈夫。この先に良い店があるんだ。行ってから考えよう!」

「なんにも大丈夫じゃないじゃないっすか」

「だいじょーぶだって。俺、昔は有名な【攻略者】だったし!」

「何度も聞きました。活躍が地方新聞にチラっと乗ったんでしょ? 最近のダンジョンは昔とちがって難易度あがっているんだから――」


 サラリー生活も大変そうだ。

 とおりすぎた二人組をしり目に、俺は雑居ビル前で足を止める。


【ダンジョンマスターが当店来日‼ 激熱イベントを共に駆けぬけろ!】


 壁面のポスターには、屈強な攻略者が写っていた。


「……ダンジョンか。十数年足らずですっかり社会に根付いたなあ」


 俺は羨ましそうに言った。


 十数年前から突如して発生するようになった、ディメション・ボーリング現象。

 まあ覚えにくいので、人間たちは【ダンジョン現象】と呼んでいる。


 俺たちがいる世界の層に未知の層が湧きだす現象のことで、オフィス街に地下何百メートルもの洞穴が湧いたり、なにもなかった田んぼに黄金の城が発生したり、迷宮で名高いウメダが本当に魔境と化したりする現象だ。


 突如としてあらわれるダンジョンは世界を浸食する。さらにはファンタジーなモンスターがあらわれるのだから発生当時は、世界中が大騒ぎだった。


 が、たった十数年で社会に根付いた。

 理由は、人間が【スキル】という異能に目覚めたのが一番大きい。


 いまだダンジョン現象の発生に対処しきれてはいないが、彼ら攻略者(ダンジョンを攻略する者)のおかげで危険なレジャーレベルまで脅威度は下がった。


 ダンジョンにかかわる法整備はまだまだ整っていなくて、ルールの穴は多いが、よくある危機としてもう受け容れられている。


 この人間の強さが、真祖が深淵に還らざる得なかった理由だとも思う。


「ダンジョン現象の原因はまだわかってないみたいだが……」


 ただ、俺はなんとなく察していた。


 第8真祖≪天眼てんがん≫マハカト。

 地球の知識と繋がっていると評された彼は、俺たちの神性が薄れる以前から警告していた。


『この世界の天秤は、可視と不可思ふかしで両立している。一方的な存在はありえぬよ』


 俺たちのような強すぎる神秘はいずれ淘汰される。

 真祖は、絶対的な存在ではないと言っていた。

 逆に言えば神秘が途絶えることもない、とも。


「マハカトは言っていたな……『いずれ我らの代わりがあらわれる』って」


 人間たちは、ダンジョン現象は異世界に繋がったと噂している。


 ――だから、人間にも魔法のようなスキルが使えるようになった。

 ――だから、ダンジョンからモンスターがあらわれる、と。


 いいや。ちがう。人間たちは世界の未知を信じられなくなって、ここではないどこかに新しい未知を望んだのだ。


 人間はいなくなった神秘の代わりに、別の神秘を求めた。

 きっと、このダンジョン現象も人間の畏れから生まれた。


 我らのような古き幻想は眠りにつき、昔々のおとぎ話となったあとで、こうして新しい幻想がやってきたのだ。


「少し寂しいけど……まあ、気持ちはわかるな」


 好きになった美少女との次元が違いすぎて、出会えなくてつらい。

 どうして二次元の壁を超えられないのかと、布団でガチ泣きしたこともある。

 ここではない異世界を求める気持ちはわかるのだ。


「キルリちゃん……」


 いかん。また涙がでてきた。


 いつか、人間が二次元の壁を超えられるときを待とう。

 人間はその強さがある。俺は人間の強さを信じている。

 信じているからな! 人間‼‼‼


 まあ三次元より二次元な性質のせいか、ダンジョン攻略にはハマっていない。

 攻略配信を楽しむ文化もあるようだが、スキルで強くなるってーいわれても、俺元々似たような能力持ってるしなあ。


 ちょっぴり感傷にひたったあと、俺はふたたび帰路につこうとしたのだが。


「きゃあああ!」


 危急を告げる、女の叫び声。


 ぬうっ⁉ 真夜中に女性を襲うなど言語道断だぞ!

 俺は吸血鬼な自分を棚にあげて、声の方角へと駆けていった。

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