第9話 お昼ご飯

結局、あれから周囲の教室にいた教師たちが俺たちのクラスの騒ぎを聞きつけて「なんだなんだ」と見に来たことで全員が落ち着きを取り戻し、そこからは普通のHRになった。ただ、やはり担任の先生への印象は拭えず、ホワイトボードに何かを書くたびにゆらりと揺れるツインテールのせいでさらに幼く見えてしまう。


なんともまあ、現実というのは残酷なのだろうか。


「はい、って感じで直近は動くからね。明後日までに校外学習の代金は封筒入れて持ってくること。それと並行して委員会やりたいかとかも考えておいてよー。じゃ、今日は解散! 他のクラスまだやってるから静かにねー」


気が気でないHRが終わったのは11時がすぎたころ。初日ということもあって大量の配布物を配られただけで終わった。配られた教科書類やプリント類をカバンに入れながら周囲を見ていると、仲良くなった人同士が談笑して帰っていくのが見えた。


「なあ二人とも、この後って用事あるか?」

「え、俺は別にないが」

「んー、ボクも今日は暇だよ。HRだけの1年は今日の練習免除だしね」

「そうか。だったら今から飯でも食いに行かねえか? せっかくならもっと友好関係築きたいじゃん?」


確かに、せっかく見知らぬ土地で会話ができる人が見つかったのだし、俺ももっと話してみたいと思っていたところだ。それに姉さんから「今日の昼はコンビニ飯でよろしく~」と言われて1000円札を渡されたから、軍資金もある。


「俺は構わないが。七海はどうする?」

「うん、もちろんボクも行くよ。面白そうだし」

「オッケー。何食べに行く?」

「近いし、色々揃ってるからPARIKOいくべ。あそこのフードコートならなんでも揃うしな」


  〇 〇 〇


学校からPARIKOは近く、LRTに乗れば10分もあれば魔王城にも匹敵するくらいの圧を持った巨大なショッピングセンターの麓に来れてしまう。平日だというのに巨大な駐車場は満車で、上の階にある駐車場にも”ほぼ満車”の文字が。本当にここだけで小さなな町ができてるんじゃないかと思ってしまう。


「相変わらずでけえな……」

「そういえば、前にファルコンさんがマグロ買ってきたのもここだったね」

「おーい二人とも、早くいこーぜ―」


実は始めてくるらしい七海と、そして来るのは2回目の俺もその大きさに圧倒されていると、地元民でもう見慣れたとばかりに市原が入り口で手を振っている。それを見て若干苦笑した俺たちは彼に続いてPARIKOの中へ入って、まっすぐとフードコートへと向かう。


少し歩いて辿り着いたフードコートは巨大で、色んなところから食欲を刺激する美味しそうな匂いが漂っている。それにつられてかわからないが、400席くらいある飲食スペースは満員だ。


そんな中、俺たちは行列に並んで角のボックスシートを確保。そこからは各自で料理を注文してテーブルまで持ってきた。


俺はこの前来た時と同じ店のハンバーグ定食、七海もがっつりととんかつを持ってきて、市原は有名バーガーチェーンのビッグハンバーガーだ。

人が多すぎて注文してから料理を取りに行くまでで10分ほどかかってしまい、時刻は既に13時手前。ただでさえ美味しいモノは、さらに絶品の品へと進化を遂げて脳内に刻み込まれる。


「いやー、昼から贅沢だぁ。ひっさびさにビッグバーガー食ったら美味いわ。いっつもチビたちに合わせてたし」

「揚げたてのとんかつ、衣サックサク中身はジューシーで美味しいよ~。来てよかったー」

「こっちのハンバーグも美味いぞ。しっかり肉汁が詰まってて、まさに肉! って味がするな」

「ほんと? じゃあさ、一口ちょうだいよ! ボクのとんかつも少しあげるから」


腹を空かせた高校生たちに、このご馳走を頬張ろうとする一連の動作をやめようとする思考は存在しない。俺たちは料理の感想を言い合いながらどんどんと食べ進め、気づいたら全員の皿は空っぽに。その分、自分たちの満腹中枢はしっかりと満たされていた。


「ふう、満足満足。結局、あんま話さずにくっちったな」

「ああ。でも、しょうがないだろ。食い物が美味いのが悪い」

「ははっ、違いねぇ」

「だったらさ、食後のお茶ってことであそこのファーストフード店で小さいドリンクでも買ってこようよ」


まだ話し足りないといった感じの七海は、このフードコート内で一番安いモノで粘ろうという。市原もそれに乗り気なようだったが、昼時ということもあって未だにフードコートの中は大混雑。カウンター席は数席ほど空いているが、俺たちが座っているようなボックス席の空きを探している家族連れの姿も目立つ。こりゃあ、早いとこ席を空けたほうがいいな。


「いや、他に行こう。長く居座ったらああいう家族連れの人たちが席につけなくなっちまう」

「それもそうだな。……だったら、屋上行くか。そこなら人は多いだろうけど、後ろを気にしなくてもいいからな」

「オッケー。じゃあこれ片してきちゃおうか。祐樹の分はボクが返してくるから、机をこれで拭いといて」

「了解」


そういうと、七海はセルフサービスのウォーターサーバー近くにあった濡れふきんをこっちに放ってきた。なるほど、手分けして早く空けられるようにってことか。

そういうことならと俺の分の空いた皿を七海に任せて、俺は机を軽く拭いてふきんを基あった場所へ戻して3人分の荷物を回収して戻ってきた2人にパス。


そのまま近くのエレベーターに乗って屋上に行くと、そこは庭園になっていた。小さな木が生えていたり、天然芝のスペースがあったり、名も知らない綺麗な花が咲いていたり。圧倒的都会とは思えないほどの一面緑色につい呆気に取られてしまう。


「ほんと、ここって揃わないモノはないよな」

「だねぇ。空が狭い分、屋上がこうなってると広く見えるし。くつろげるし」

「ははっ、そっか。お前ら来たことなかったのか」

「まだPARIKO自体には1回しか来たことなかったからな。七海に至っては今日が初見だし」


そういえば、姉さんはここ案内してくれなかったな……と思ったけど、そういやあの時は七海と知隼兄が来るからって色々急いでたんだっけ。じゃあしょうがないか。


俺たちはゆっくりと庭園の中を散策した後で天然芝のスペースにゆっくりと腰を下ろしてくつろぐことに。春の少々肌寒いながらも心地の良い気候と、雲一つない青空の下で食後となれば、体内中の睡魔が黙っていない。現に早起きして部活の朝練をしていた七海は芝生に寝っ転がって目を閉じかけている。


「あ~……こういうのが地元にあったらなあ」

「確かに、似たようなとこ河川敷しかなかったからな。とはいえ、ダニとかバッタとかカマキリみたいな昆虫と背の高い雑草しかないからまともに寝っ転がれたもんじゃないが」

「ああ、二人は同じところから来たって言ってたな」

「うん。昔から一緒によく遊んでたんだよ」


七海が目を閉じながら、そしてどこか懐かしそうに言葉を紡ぐ。それを聞きながら俺も記憶を呼び起こしてみる。最後に変な遊びをしたのは4年くらい前か……確か、小学校の卒業式の前の日を最後に鉄骨山を卒業するとかいう謎の儀式をした覚えがある。あとは川の水をバケツですくって、周辺の雑草に”水やり”という名目で水をぶちまけてプチ反乱を起こしたりとか。3か月くらいかけて学校の校庭の隅っこに大穴を掘ったりとか。


今思えばとんでもなくくだらない遊びにハマっていた。


「覚えてる? あの川のでかい魚を捕まえようって言って、一生懸命スコップで池みたいなの作ったの」

「ああ。文字通り一生かかったな」

「で、なんか魚はかかったのか?」

「かかったよ。でかいのが一匹ね」


まあ、その魚は外来種でその川で初めて発見された魚だったってことでお役人が来て大騒ぎになったんだけどな。なんてことは知らない市原は「おお、すげぇ!」と一人で盛り上がっている。


「今もあそこ残ってるのかな」

「さあな。水は全部抜かれたから、今頃雑草がボーボーになってるだろうさ」


そんな感じで俺たちは昔話をしたり、日々の雑談をしたりしていたら時間はあっという間に過ぎていき……気づけば日が傾きかけていた。時刻は良い子も間食をねだる15時手前、解散するにはいい時間だ。


「じゃ、俺はチビたちのお迎えとかあるから帰るわ」

「俺らもいい加減帰るか」

「祐樹はボクに付き合って。自主練したいから」


色々話して満足した俺たちは、PARIKOの前にあるLRTの停留所の前で別れた。電車に乗って帰ろうとする俺たちを見送ってくれた市原の顔はとても明るく、この一時の充実さに満足しているように思える。横で彼に向かって手を振る七海の顔も上機嫌で、充実感に満ちている。当然、それは俺も同じで、気づかない間に口角が上がっていた。


知らない街での新生活は不安だったが、こんな日々が続くのであればきっと大丈夫だろう。図体に似合わず小さくなっていくPARIKOの姿を眺めながら、俺はどこか安心したような気持になっていた。



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