第8話 学校生活の始まり
翌日。とうとう本格的に俺の高校生活がスタートした。授業こそないモノの、はじめて正式なクラスでホームルームがあり、学年集会もある。国際総合科は1クラスだけで、よっぽどのことがないと普通科にはいかないから、ほぼ3年間を共にする仲間との初対面という大事な時でもある。
朝礼は8時20分からだそうだが、俺は余裕をもって8時には登校した。第一印象が大事だと騒ぐ姉さんを振り切るためでもあったのだが。
高校までは家から徒歩で10分。LRTの駅を2駅分だけ新瀬野川団地方面に歩いて行ったところにあるのだが、通り過ぎていく電車は全て満員御礼。高校のさらに奥の方にある大手会社の工場への通勤客と、瀬野川高校への通学客でごったになっていたところを見るに、徒歩通学ができる俺はラッキーな部類のようだ。
そんなことを思いながら校舎に入り、1年のフロアである4階へと進み、丁度中間にある4組のドアを開ける。
初日ということもあってか、クラス内には男女合わせて10人くらいがいて、席に座ってスマホを眺めたり、女子は早くも何かを話していたりする。
席はどうなっているんだろう、そう思って探してみるが特に座席表はなし。ホワイトボードに何か書いてないかと思ってみてみるも、何もなし……だったのだが、かなり下の方に「全席自由席」と赤い字で書かれていた。
見る限り、勝手にクラスメートが書いたものでもなさそうなので、荷物が置かれがちな後ろと前の列を避け、俺はまたしても前から4列目の窓側を確保する。
それから数人ほどが登校してきたあと、またクラスに1名人が入ってきた。
通学用の肩掛けバッグにかなり大きめの部活用バッグ、ブレザーに深い青のスカートとセミロングでなびく髪。七海だ。
「やっ、遅れないで来たね」
「おう。その荷物ってことは、今日も練習か?」
「今日は朝練だけ。午後は休み」
「そうか」
瀬野川高校は朝7時ごろから朝練をしていい決まりになっているそうで、今日は偶然朝から軽い練習があったようだ。連日の運動で疲れてないかと思ったが、彼女から疲れの色は一切見えない。むしろ楽しそうだ。
「あれ、席ってどうなってるの?」
「全席自由席らしいぞ。前のホワイトボードの小さいところにそう書いてあった」
「へぇ。じゃあボクはここにしよっかな~」
そういって七海が座ったのは俺のすぐ後ろの席。構図だけで言えば、昨日の入学式とほぼ同じだ。昨日は七海が目立ったから、彼女を知っている人から視線でも向けられるかなと思ったが、こちらに気づいている人はいない。まあ、この時間に来るくらいの人たちだから、昨日も遅くには来ていなかったのだろう。そう考えれば、俺たちは相対的に不真面目にみえるような――
「おっ、お前ら。同じクラスだったか」
「ん?」
なんて思っていた途端、またしても横から声がかかる。それにつられて顔を振ると、そこに立っていたのは昨日俺たちに声をかけてきた少年。よかった、我らが不真面目グループにメンバーが1名追加である。
「よう、早いんだな」
「あ、ああ。初日だし、多少はな?」
「昨日結構遅かったのにか?」
「そ、それはちょっとした事情があって……」
まあ、実際には七海との待ち合わせで色々あって待ちぼうけをしたから遅れたわけなんだが……といっても、信じてはくれなさそうなので黙っておくことにした。
「そういえばさ、まだ名乗ってなくない?」
「え?」
「ああ、そういえばそうだな」
言われてみれば、確かに。だからどう呼べばいいのかわからなかったのか。さっき一瞬だけ七海が何かを考え込んでいたのはこのことだったのか。
「三田村祐樹だ。よろしく」
「ボクは水沢七海。よろしくね」
「俺は市原陽太ってんだ。こちらこそ」
まるで名刺を渡しあうような感じで名乗った俺たちは、名刺の代わりに握手を交換。そして、荷物を下ろそうとしながらどこかキョロキョロしている。こいつもまたここが”全席指定”と思っているんだろう。
「ああ、ここは指定席の発売はしてないぞ」
「ん? ってことは自由席か。じゃここでいいや」
俺が全車自由席ということを教えてやると、市原は俺が座っていた隣の席に荷物を下ろして廊下へと行ってしまった。お手洗いにでも行ったのだろうか。
その後、荷物が置かれてない数席も時間が経つにつれて全て埋まり……ようやく、始業のチャイムがなった。
〇 〇 〇
8時30分に鳴ったチャイムと同時に、前後のクラスのドアが開く音が聞こえてくる。おそらく、担任の先生が入室していったんだろう。一方で、俺たちのクラスの担任は未だに不在。クラスメートは初日だからと全員気合を入れてきているのに、まさか教師が遅刻と
「なかなか来ねえな」
「ああ。なんかあったのかもな」
「さあ、どうだろ……まさか新人の先生で、校舎内迷ってるとか?」
「新任でもそんなことにはならんだろ」
「じゃあじゃあ、二日酔いになって教員室で死んでるとか?」
「一学校の教師としてどうなんだそれは」
そんな当たるはずもない七海の謎予想を聞きながら少々ざわつくクラス内を見渡していると、突如としてドアが開け放たれ、その瞬間にクラス全体が凍り付く。なんせ廊下が見えるドア窓には一切合切誰の姿もなかったからだ。そんな誰もがポルターガイストだと思っていた瞬間、一人の女性が入ってきた。
「は?」
「……子供?」
教師のような服を着て、堂々と教壇を教卓の方面に向かって歩いていく女性。片手には出席表と書かれたものを持っている。それだけならこのクラスの担任の教師だという単純な思考で済むのだが……。
なんか、めちゃくちゃ背が小さい。130㎝もあるかどうかの体躯に、用途がわからない木箱のようなものを片手で抱えている。最終的に教卓までたどり着いた彼女は、数拍の間をおいて教卓の上からその顔をこちらにのぞかせた。
長く明るめの茶色をした髪が二つ結びになっていて、整ってはいるもののはっきりとわかる童顔がなおさら子供っぽさを感じさせる。
「よーし、全員そろってるかー?」
そう教師っぽいことを言ってクラス全体を見渡す彼女を見たクラスメートたちは、俺を含めてザワザワとすることなく完全に絶句である。しかし、その子はまるで「今年の生徒は優秀だな」とでも言いたげな顔をしてうんうんと頷いている。全員が驚きで黙っていることなど知らなそうな純粋な目を見るこちらからの視線はさぞ痛々しいだろうが、そんなことはお構いなしに彼女は黒板に何かを書いていく。うーん、文字がちいせぇ。
「ようこそ、新瀬野高等学校・国際総合科へ! あたしが担任の鹿野真知子だ!」
おいおいおい、マジかよ。そんな言葉が俺の脳に浮かぶ。目の前の超小柄の中学1年生に見える彼女は、このクラスの担任。都合、今後3年間はほぼ確定でこの先生が担任になることになる。横を見れば市原は懐疑と好奇が入り混じったような目。後ろの七海からは「カワイイ」とでも言いたげなどこか的外れな視線を感じ取ることができる。かくいう俺も失礼とは思いながらもかな~り懐疑的な目線を教卓の方面に向けてしまっている。
「え、えーっと、まあ、はい。みんなの言いたいことはわかるよ? そこらへんの金網の抜け穴から紛れ込んだ小学3年生くらいだと思ってるのは」
流石に小学生でもわかるレベルの「嘘つけホンマかいな」といった視線に気づいた彼女は、若干こちらと視線を切りながら言葉を刻む。人を容姿で判断してはいけないとは思うものの、流石にこればっかりはしょうがない……いや、常人であれば絶対に疑ってしまうだろう。
「まあ、そう思われると思って複数証拠は用意してきたから、それを見れば納得すると思う。えー、まず1つ目がこれ。免許証ね。あんま堂々と見せるもんじゃないけど」
掲げられたのは何かの運転免許証。どう考えても車ではないだろうから、よくて小型バイクか何かだろう。小型だけなら高校生でも取れるからこれだけじゃあそんな判断はできないだろう。
「えーはい、次これ。教員免許証ね」
次に取り出されたのは高校の教員免許の証書。遠いからよく見えないが、よくよく見ると鹿野真知子と書いてある。
「ラスト! これ。ウコンの力。たまったま昨日の飲み会の時に飲み忘れたのがカバンの中に入ってたので持ってきました~」
「犯罪では?」
「絵面よ、絵面」
「想像ができん」
「薄い本にありそう」
証書で終わりかと思いきや、取り出された金色のボトルを見た瞬間にクラス中がざわつき始める。誰がどう見てもアウトな光景、その小さな体躯で果たしてアルコールが消化されそうかと言われれば断じて否!! 断じて否である!
もしかしたらジュース飲んだんじゃなんて思ったが、ばっちりウコンもってるってことはそういうことだろう。
ザワザワ――ザワザワ。ほぼ阿鼻叫喚にざわめきが、クラス内に響いた。
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