第7話 対戦

「あの~、すいません。グローブを」

「ん? ああ、ありがとう。そこのベンチに置いておいてくれ」

「わかりました」

「あと練習はここで見ていくといいよ。あそこだと日差しもあって少しキツいだろう」

「あ、ありがとうございます」


 キャッチボールが終わり、監督のもとにグローブを返しに言った俺は、言われた通りの場所にグローブを置いて、一瞬先ほどのベンチに戻って荷物をキャッチ。そこから亜高速でグラウンド内のベンチに戻ると、監督の隣でシート打撃を見守ることにした。


「そうだ。君にちょっと問いたいんだが、中学時代に喜多山のプレーをみたことはあるかい? あったらどんな印象だったか教えてほしいんだが」

「印象ですか……」


 七海は運動神経抜群で、どんなプレーも少し練習すればそつなくこなす。所属していた女子野球チームでスタメンの時は決まって観に行ってたから、印象深いプレーはいくつもある。


 例えばあと2つ勝てば全国大会という試合の9回ノーアウト1塁から逆転タイムリーを打ったとか、サード強襲のヒット性の当たりを動体視力だけで反応して捕ったりとか。


「そうですね……勝負強い、ですかね。肝心なところで全てを持っていくラッキーガールみたいな。バッティングはそこまで長打は狙わないですけど、その分出塁率が高いんで。ほんと、何でも屋ですよ」

「ふむ……なるほど。ちなみに彼女はどこのポジションができるとかはわかるかい?」

「ほとんどサードだったけど……まあ、雑にどこを守らせてもって感じじゃないですか?」

「そうかい。ありがとう」


 俺と監督がそんな話をしながら見つめる先では、2打席目の七海が簡単に追い込まれていた。初球を見逃して、2球目にタイミングを外されて空振り。ちなみに1打席目はアウトコースの球を強引に三遊間に持っていったもののショートゴロ。

 

 そして、3球目。どこか焦ったような七海は、インコース低めの球をひっかけてしまい、セカンドゴロに終わった。


「ま、七海ってランナーが得点圏にいないで2ストライクノーボールで追い込まれると滅法弱いんですけどね。多分俺でも打ち取れる」

「……なるほど。だったら打順は下位か……」

「代打は向かないんとちゃいます?」

「おーいそこー! 聞こえてるからねー!!」


 何でも屋っていうのは運用が難しいことが多い。補完とかには向くけど、軸に組むのは難しいというか……今の会話で監督は積極的な起用をしようとしているのはわかったが、おそらくどう使うかで悩んでいたのだろう。だから俺に聞いてきたのかもしれない。

 そして弱点を述べていたのを聞いていた七海は、不服そうな顔でこっちに叫ぶ。そこでムキになったのかはわからないが、3打席目は1球目からフルスイング。無事に3タコ回避となるレフト前ヒットを打って戻ってきた。


「はぁ~……2タコだぁ~」

「よし、喜多山はマウンドに行け」

「えっ?」

「せっかく来てもらったんだ、体験でバッティングしていってもらおうじゃないか」

「え、俺!?」


 七海はピッチャーはほぼやらない。しかもウインドミルもあんまできないだろう。しかし、監督は七海にマウンドに上がるようにという謎の指示。そして俺にバットを渡すと、ベンチに置かれていた一番デカいヘルメットも渡してきた。


 え、うそでしょ?


「さっきキャッチボールを見ていたらいい球投げていたからね。聞いている限り知識もありそうだし。喜多山がピッチャーできるかどうかもみたいのもあるからな」

「えぇ~、ボクほとんど見たまんましかできませんよ!?」

「まあ、そう固いことを言うな。ああ、えーっと三田村か。危ないと思った球は全力で避けていい。とにかくケガしないようにな」

「は、はぁ」


 ケガしないようにって言うならほぼ初心者をほぼ(投手)初心者のテストの実験体にするなよと思いつつ、やはり監督の指示には逆らえないので大人しく打席に向かう。ネクストバッターサークルに立って軽くスイングを始めると、七海はマウンドに上がって投球練習を開始。さっきまで七海と対戦していた投手の人も軽く教えている。


「招待だが、同時に守備位置サインの練習もするぞ! 1球ごとで入れ替わりしてよ!」

「「「はいっ!」」」

「野手はサイン練習をするから、二人は楽しむ感覚でいいからな」

「楽しめって言われても、そこまでの余裕ないんですけどねっ!」


 本当に余裕がなさそうな七海は、見ただけのウインドミルで投球練習を進める。途中から体力がなくなるからといった理由でスイング練習をやめてから投球練習を見ていると、球を投げるたびによくなっている。なんか耳打ちで投手の人が七海に言ったあとで緩い球が投げられた以外は、ほぼストレート。球速も徐々に上がって行っている。


「よし、投球練習やめ!」

「はいっ!」

「打席立っていいよ!」

「はいはい」


 最後に一球全力で投げ込んだ七海は、キャッチャーの人からボールを受け取るとこっちにボールを掲げて自信ありげな表情を見せる。

おそらく、それなりの感覚を掴んだのだろう。


「喜多山、2打席勝負だからな」

「はーい!」


 心の中で2打席もやるんかいと思いながら、俺は右のバッターボックスに立ってキャッチャーの人に「よろしくお願いします」とヘルメットの鍔をもって会釈。キャッチャーの人も軽く会釈をしてくれた。優しい。


「祐樹、楽しんでいいって監督が言ってるからさ、せっかくだから楽しもうよ!」

「お前は切り替えが早いな」

「まーねー。2打席勝負だから、1回でも安打を打ったらそっちの勝ち! 2打席どっちも抑えたらボクの勝ち。負けたほうは帰りにジュース奢りね!」


 圧倒的に自分有利なルールを展開する七海、優しくない。



 理不尽な気もするが、俺は黙ってバットを構えた。


  〇 〇 〇


 1打席目の初球。ウインドミルから放たれた球は、綺麗な軌道でアウトコースギリッギリに決まった。

 一瞬ボールだと思ったが、キャッチャーの人の「ストライク!」コールで入っていたことを知る。


 そこで改めて悟った。本当に俺が不利やんけ、と。


「振らなきゃあたんないよー!」

「容赦ないなお前」

「そりゃあ投手としてのセレクションテストですからね~」


 打席に立って感じたのは、思ったよりも速いということ。先ほどの投手の人の球ほどではないが、特にボールは山なりになることもなく地面に並行に飛んできている。ただ、こちらにも勝機はある。もしかしたら勘で当たるかもしれない。もしくは、真ん中にスッと入ってきたストレートを強く打つか。


 2球目、放たれた球は先ほどよりもやや外にそれてボール。3球目はアウトコースに外れてボール。4球目は高めに決まってストライク。追い込まれた。

 ……しかし、直近2球はどっちも高めにボールが来ている。もし制球が定まらないのであれば先ほどと同じく甘い球狙い、仮に制球が安定していて配球として高めを使ったのなら、次は低めに何か来るかもしれない。4球全てアウトコースであったから、ヤマを張るとしたらインローか。


 人読みもできる場面だが、流石にここでそんなことができるほど俺は野球のようなスポーツをしていない。真ん中に来たらフルスイング、インローは思いっきり左に引っ張るとだけ決めて、七海の投球を待つ。



 投球モーションが開始され、ウインドミルで手から球が放たれる。それは俺の予想通りに真ん中のやや低めにすっぽ抜けたようにして向かってくる。


 かかった――


 そう思った俺はバットを出す……!


 しかし、無情にも球は、俺がスイングした少し後にホームベースの真上を通過して、ポスンといった気の抜けたような音を立ててキャッチャーのミットに収まった。


「は?」

「よっし! 作戦通り!」

「ストライク! アウト!」


 俺のイメージだったら、今のはしっかりと左中間に持っていったヒットのはずだった。だが、事実ボールはミットにすっぽり収まっている。


 思えばボールは若干遅かった。もしかして、完全にタイミングを外されたか……?


「ふふっ、チェンジアップだよ」

「あいつ投げれるのかよ……」

「ブイブイっ!」

「お前、マジで容赦ねぇな……」


 唖然としているところをキャッチャーの人に種明かしされて驚いていると、マウンド上の七海は嬉しそうに、そして煽るようにしてこちらにVサインを作ってくる。後ろでは盛り上がった守備サイン練習中の方々が「ピッチャーナイスー」とか「ナイピッチ!」などと口々に囃し立てる。


「どーしたー? 今のくらい打てないと球技大会でモテないぞ~!」

「よし、2打席目行くぞ」



 ……お・の・れ!



「さ、次はどこに投げよっかな~」

「黙って投げてこいやぁ!」


 流石にイラっときた俺は、初球から思いっきり行こうと思ってバットを構える。しかし、ニヤリと笑う七海は、またしてもタイミングを外そうとしているに違いない。だったらいっそ、チェンジアップにヤマを張るとしよう。


 そして、2打席目の1球目。読み通り、インコースのやや低めにチェンジアップが襲ってくる。俺はそれをすくいあげるようにしてフルスイング。金属バット特有の「キーン!」という音が鳴り響く。


「あ“-っ!?」

「っしゃあ!」


 バットの感触的に芯にあたったのだろう。ぐんぐんと伸びる球は、今度こそ左中間を真っ二つ。完全に長打コースだ。


「読まれたぁー!!」

「顔でバレッバレなんだよ! 絶対に初球でタイミング外そうとして同じの投げようとしてるくらい俺でもわかるわ!」

「えぇ!? そんな顔出てた!?」

「……これは、投手は無理だな」

「そんなぁ!?」


 球種が少なく、男相手だったとはいえ、試合などは授業でしかやったことがない人に完璧に打たれてしまったら、投手としては信頼性に欠けるのであろう。監督の冷静な意見に、七海は叫ぶののであった。




「……へぇ。彼は面白そうだね」


 そして、それを遠くで見る誰かの姿もあった。

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