第6話 見てってよ

 校内にある講堂。全校生徒全てを収容できるという巨大なホールでは、無事に入学式が終わろうとしていた。入学式を見に来ていた保護者達は帰り支度をはじめ、俺たちは退場する順番待ちをするところ。流石に緊張こそしたものの、ここまでくれば消化試合だ。


 その後は先輩と思われる係員の指示に従って退場し、先ほど居た教室へ帰還。すぐに七海も後ろの席に帰って来て、座ると同時に「あ~緊張した」というような表情をしている。


 もう今日はこれでおしまい。オリエンテーションも特にないため、帰り支度を始めていると、先ほどのマッチョ先生(今命名)が入室。今からクラス分けのプリントを配ることと、今日はもうこれで下校していいことを告げた後で、クラス分けのプリントを配ってから「じゃあ、俺はちょっと部活を見に行かないといけないからこれで失礼」といって去ってしまった。

 めちゃくちゃ体育教師っぽい見た目だし、部活の顧問もしていそうだった。


 入学式の担当もさせられて大変そうだ。


 他の人たちが次々と退室していく中、クラス表に軽く目を通した俺は同じように席を立って帰ろうとする。すると、それを見ていた七海も席を立って、俺のことを追ってくる。そのまま廊下に出ると、軽く小走りをした七海が横に並んできた。


「ねえ、何組だった?」

「俺は4組。まあ確定枠だな」

「へぇ~」


 実はこの高校、入試で一定以上の成績を取ると普通科ではなく国際総合科というところになる。ぶっちゃけ普通科とかとそこまでカリキュラムは変わらないが、英語の授業の比率が高かったりALTの先生の授業があったり、短期の交換留学があったりする。6クラス中1クラスのため、結構いい成績を取らないと入れない。

 だから、七海の学力だと――


「ふっふーん、実はボクも4組なんだな~!」

「ワッツ!?」

「ほら、ボクスポーツ推薦じゃん? それで、スポーツ推薦の中でも簡単な学力テストがあってね。そこから2人だけ上に行けるんだけど……そこに通ったのさ」


 難しい、そう言いかけたけど、なんと七海も上のクラスであった。もちろん完璧にできないというレベルではないが、俺に中間考査のテストで勝ったことがないこいつが入って来るとは思わなかった。受験発表の合格通知で既に上になることを知っていたから、その時から別々のクラスになることを覚悟していたんだが……それはどうやら杞憂だったようだ。


「褒めてくれてもいいんだぞ~?」

「逆に心配になってきたな……ほかのスポーツ推薦の人たちが」

「ボクをディスるのはまあしょうがないとしても、他の人までまとめてディスらない!」

「はいはい」


 なんか、また一緒のクラスだと「そうかぁ~」といった感情が強くなる。クラスに知っている奴がいるのは嬉しいことなんだが、小学校から数えた9年間のうち7年間も同じクラスだと、お決まりのようになってきた。例えるなら、和食でごはんと味噌汁がセットで出てくるくらいの当たり前感。


「そうだ、祐樹はこのあとどうするの?」

「いや、なんの用事もないから帰るが」

「あ~、それならソフトボール部の練習見て行きなよ! 久しぶりにボクのプレーみたいでしょ」

「えぇ……」


 突如として変な提案をしてきた七海は、周りに人がいないのを確認しながらスイングするポーズを取る。まさかもうこいつ部員勧誘をしてやがるのか……なんて思ったけど、そもそも女子ソフトボール部に男が入ることはできない。つまり本当にただただ「見に来てほしい」だけのようだ。


「あれだったら参加してけば? 多分ボクがいえば少しはやらせてくれるんじゃないかな」

「制服でやんのかよ。体操服もグローブも持ってないし無理だ」

「えぇ~……まあいいや。多分練習は13時くらいで終わると思うし、グラウンドのところにベンチあったからそこに座っててよ。せっかくだったら、初日は一緒に帰りたいじゃん?」

「そっちが本命か」


 ということは……あと1時間と30分もあるのか。暇つぶしはスマホを使えばいいだろうけど……そもそもここ校内でスマホ使っていいんか? それにスマホ触りながら見学したら七海から「ちゃんと見てよ!」とクレームが飛んできそう。


 まあ、一人で寂しく帰るくらいならいいかぁ……。


「んじゃあ行くよ」

「やった! そうと決まればボクは着替えてくるよ! 部室こっちだから、あとでね! あ、グランドはCだから!」


 そう返事をしてやると、祈るような視線を向けてきていた七海がたちまち笑顔になって、大急ぎで来た道を折り返していった。


 いや部室反対方向だったんかい!


 バタバタと走っていく彼女の後姿を見送った俺は、若干渋りながらもCグラウンドを目指すことにした。


              〇 〇 〇


 新瀬野高校の敷地はでかい。大通り側の辺はそこまででもないが、大通りからそれて、駅前方面に向かってカーブしていくにつれて横幅も広くなる。そこに講堂や体育館にサッカーグラウンドと野球グラウンドが2つ。東京の都心にある高校ではまずありえないでかさだ。


 植樹がされた道を進んでいくと、Cグラウンドと書かれた野球場に到着。見てみると、既に30人ほどの女子生徒が練習服を着て練習をしていた。


 どうやらマシン打撃をしているようで、先ほどから金属音が聞こえている。マウンドに置かれた機械からボールが吐き出され、それを生徒が打ち返している。


 流石は強豪校と言ったところだろうか、野球やソフトボールは少ししかやったことがない俺でもわかるほどきれいなフォームで打ち返されたボールは、俺がいるレフト方向のフェンスを越えて、すぐそこの茂みに突き刺さった。


「あそこからここまで飛ばすか……」


 推定飛距離は95mといったところだろうか。ど真ん中からちょっと上というバッターからすれば絶好のコースで金属とはいえ、高校球児と比べたら圧倒的な華奢な女の子が飛ばすにはおかしすぎる距離である。


 その後もその人は快音を響かせ続け、球がなくなったと同時にベンチに戻っていった。


 そして次の人がバッティングを始めて、終わった頃。さっき俺が歩いてきたところを、練習服を着た一人の女子生徒が走って来て、俺を見ると急ブレーキをかけた。


「よかったよかった。迷わず来れたんだね!」

「俺は子供か何かか」

「まあまあ。あっちにベンチあるからついてきて」

「ああ……ん、ちょっと待った」


 やってきたのは全身白い練習着と白い帽子を被った七海。手には最近買ったというグローブを持っている。

 丁度七海がきたのであれば、さっき近くの茂みに落ちたボールを拾って渡したらいいだろう。そう思った俺が茂みを凝視すると、下に白い円形のものが。素直に真上から拾おうとしても枝が邪魔なだけなので、素直にかがんで根本付近から手を伸ばしてボールをキャッチ。


 それを七海にスルーパス。


「おっと! これは?」

「さっきバッティングしてた人が打った場外弾。ボール探すよりはお前に渡して返したほうがいいだろ?」

「あ~……多分キャップだなぁ、それ。とりあえずありがと!」


 持っていたグローブで球をポンとした七海は、こちらにお礼を言いながら先導を始めた。いつの間にかセミロングからポニーテールに髪型が変わった彼女は、ゆらりゆらりと左右にまとめた髪を揺らしながらグラウンドの辺を歩いていく。


 そして、目的地のベンチについたら「そこで待ってて!」といい走っていった。そんな彼女を目で追っていると、グラウンドに入って、ベンチで練習を見ていた監督かコーチと思しき人物と何かを話したあと、なぜかグラウンドを出てこちらへと走ってきた。


「祐樹―、ボクのアップ付き合ってよ!」

「え、いやでも」

「監督に同じ中学の親友が待ちながらあそこのベンチで見学するのでって言ったら、『それならアップ付き合わせてこっち連れてこい』って言ったからさ!」

「そ、そうか……」


 なぜ初日から女子のソフトボールに混ざらなければ、と思いつつも俺はベンチを立つ。どうせ断ることもできないし、監督からの誘いを断ることもできないだろう。それにぼーっと見ているよりは暇をしないだろうし。


 再び彼女についていきグラウンドに入ると、そこには先ほど七海と話していた人物が立っていた。


「君が喜多山と同じ中学の人かい?」

「ええ。三田村祐樹と申します……」

「私は女子ソフトボール部の監督をしている岩井だ。ただ見ているのもなんだろう。おそらく中学の体育でやったとは思うが、短い時間でもいいからソフトボールに触れて行ってほしい。グローブは少し小さいかもしれないが予備のものを渡すから、アップに付き合ってやってくれ」

「はい」


 岩井と名乗った監督は、俺に備品だという内野手用のグラブを渡すとベンチの方に戻って行ってしまった。なんというか、結構圧がある人だ。


「監督、昔世界大会で優勝したときの日本代表だったんだよ。圧倒されるのも無理ないね」

「そうだったのか」

「うん。ちょうどボクたちが鉄骨山でよく遊んでるくらいの時だけどね。じゃあボクが離れてくから! そっちはワンバンでもいいよ」

「へいへい」


 鉄骨山ということは、少なくとも小学4年生くらい。つまりは6年くらい前か。サングラスをしていたからアレだが、見た目はまあまあ若いように見える。女性の年齢を考えることはタブーであろうが、見た目は本当に30代前半かそれ以下に見える。


「それじゃ、お願いしますっ! はい!」

「っと。こっちもお願いします、っと!」

「お、いい球!」


 少し失礼とは思ったものの、ふんわりとそんなことを考えていた俺に向かって、ソフトボールが襲う。結構小さいグラブでなんとかキャッチした俺は、七海の胸めがけてボールを投げる。そうすれば、彼女は“パァン!”という音をならしながらボールをキャッチ。それから2歩くらい離れて、ボールをこっちに投げてくる。


「よっ、と! 受験期間空いてたとはいえ、まだちゃんと投げれるじゃん!」

「っし。そんなことねーよ。ぜんっぜんまだ慣れねーわっ!」

「それでも柔らかい腕の振りしてるし、コントロールも悪くないと思うけどねっ!」

「お前ほどじゃねーよっ!」


 さっきまで練習に参加していたから、アップは簡易なのだろう。15mほど離れてからは2球ほど投げたら3歩ほど後退。そこから5球ほどしたら、外野と1塁ほどの距離になった。俺はもうここからは肩が痛いからワンバウンドで投げるようにしているが、七海は疲れたそぶりも見せずに一歩助走しただけでノーバウンドで投げてくる。


 そんな遠投キャッチボールは数球続き、最後にどんどん距離を縮めて、最後は4mほど離れて早いペースでスローイングをしてアップは終了。お互いに「ありがとうございました」と頭を下げた瞬間に、監督が七海を呼んだ。それに反応した彼女は俺に向かって「行ってくる」と言って駆けていき、その後監督と数回話した後でヘルメットとバットを持って、打席へと向かっていった。いつの間にかバッティングマシンは取り外され、代わりにピッチャーの人が立っていた。各ポジションに数人の人が並んでいるところを見るに、どうやらシート打撃のようだ。


「そうだ、グローブ返さねぇと」


 俺たちがアップしていた場所は一塁側のファールグラウンド。そこで突っ立ってても危ないし、早いところグローブは返さないといけない。そう思った俺は小走りで腕組みをしながら打席に立つ監督のもとへ向かった。


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