第5話 入学式

 4月6日、入学式。心地いい気候の中に桜の花びらの絨毯が完成して、新入生を迎える準備もOK。街もそれに合わせて活気づいて、静かなお祭りムードが学校の近くでは漂い始める。


 そんな雰囲気を肌で感じながら、俺はとある学校の校門前に立っていた。


 ここは私立新瀬野高校――これから3年間通うことになる、新たな学び舎だ。この近くの街では2番目に偏差値がいいところで、部活動にも力を入れる文武両道な校風。去年は20ある部活のうち4つが全国大会に進んだのだという。


「七海のやつ、おせぇな……」


 校門の近くでスマホをいじりながら思い出すのは、昨日電話で約束させられたこと。9時に校門前で待ち合わせ。張り切って8時45分に来たはいいものの、それから25分経ってもこない。完全に待ちぼうけだ。


「あいつに限ってこんな大遅刻とは……電話かけてみるか」


 あと20分くらいで教室に行かないといけない。それに合わせて新入生(同期)も続々と登校してきている。後から教室に入るのも気恥ずかしいから、放っておいて先に行こうとも考えたが、絶対にあとで文句を言われる。なので諦めのためにも電話を一度かけることに。

 見ていたサイトからホーム画面に戻って、チャットアプリに登録された“七海”のところをタップして、電話ボタンをぽちっと。

 流れ始めた呼び出し音が1コール、2コールとされ、3コール目でその音は途切れた。


「もしもし?」

「もう約束の時間から10分以上過ぎたんだが……まさか道迷ったとか言わないよな」

「えぇ!? ……ほんっとだ! ちょっと待って、すぐ着替えていくから!」

「着替える!? な、お前まだ家っ……くっそ切りやがった」


 あいつ……自分から言い出しておきながら遅刻か……。しかも初日に。憐れんでいいのか、怒っていいのか。はたまた呆れか。一つ「はぁ~」というため息をついた俺は、諦めて一人校舎の中に入る。


 校内はローファーでの土足がOKな作りになっていて、入ったエントランスのようなところの柱には大きな時計が。ローマ数字も大きく、針も太くて威圧感がある。ここで遅刻を宣告された日は絶望だろう。


「新入生の方はそのまま4階に上がってくださーい。クラス分けのプリントは入学式が終わった後に配布しまーす」


 何かクラス分けの表があるのかと思ったら、今は発表されないようだ。先輩と思われる係の人の誘導に従って4階へ。既に6クラスのうちの5クラス分は登校済みなようで、俺は一番最後の6クラス目に案内された。

 前の方は既に埋まっていて、縦に7列あるうちの4列目の窓際の席に着席。どうやら机は固定式で、椅子も映画館のように折りたたみ式で設置されているようだ。中学の時の椅子とは大違いの設備に、受験で訪れた時と同じような驚きを覚える。そのほかにも教室内にテレビサイズのモニターがあったり、黒板ではなくホワイトボードが採用されていたり。

 中学と比べて大違いの環境と物珍しさに、ソワソワする気持ちが抑えられない。そんなことをしていたら、隣の席に人が来て、さらにその横にも人が来て。俺が座っている列がすっぽり埋まった頃、教室に見覚えのある少女が入ってきた。


「あー、やっと見つけた」

「……近いのな、家」

「はぁ? まさかボクが今、家から猛ダッシュして来たと思った?」


 通学用の肩掛けバッグにブレザー、深い青のスカートとセミロングでなびく髪。おまけに“ボク”という女子は一人しかいない。七海だ。


「残念、ボクは今日部活の練習に参加してたのだよ。入学式だから抜けてきたけどね」

「もう練習に参加してんのかよ」

「うん。この前、監督とたまたま会ってね。そしたら春休みも練習やってるから来てみたらどうだー……ってね」

「なるほど?」


 七海がこの学校に来たのは、スポーツ推薦で受かったから。昔から運動神経がよかった七海は、中学で始めた女子野球では全国レベルの選手だった。そして、高校からソフトボールに鞍替え。女子野球の強豪校からスカウトが来たこともあったらしいが、七海はここを選択した。

 理由はわからん。


「にしても遅すぎだろ……」

「しょーがないじゃん。フリーで打たせてもらってたんだからさ。それに着替えだって時間かかるんだよ?」

「はいはい、さいですか」

「あー! 生返事したーっ!」


 テキトーに受け流していると、七海はどんどんとトーンアップしていく。その声に前にいた同級生たちも次第にこちらに目線をむけてくる。みんな静かに座っているのに、こうも騒げばとても目立つわけで……。


「おい、みんな見てるぞ」

「えっ……あ……うぅ」


 流石にこっちも視線が気になったから指摘してやると、七海は顔を上げて周囲をくるっと見てから委縮してしまった。流石に七海でも20人近くから好奇の目線を向けられたらキツイのだろう。最終的に彼女は俺の陰に隠れるようにして着席して、「うぅぅぅ~」という声を上げながら突っ伏してしまった。


 そんな姿を見た俺が何をしてんだと呆れていると、今度は前の席に座っていた男子生徒からこっちに声がかかった。


「あっはっは、お前ら面白いな! 同中か?」

「あ、ああ……」

「そうか~、俺の仲いいダチは全員他の学校いっちまったからな。羨ましいぜ」

「俺たちも同じようなもんだ」


 遠い地で一人になるのは怖い。だから知っている人が一人いるだけでも心強い。だから彼も大人しく座っていたのであろうし、こっちを羨ましがるのだろう。

 そんなことを軽く考えていると、滑らかに開く教室のドアが開けられてガタイのいい教師が入ってきた。


「おーし、今からホームルームと入学式の流れについて説明するぞー。説明終わったらすぐ移動だから今のうちにトイレに行きたい奴は行ってこーい」

「おっと、もう先生が来たか。あ、もし同じクラスになったらよろしくなっ」

「ああ、こちらこそ」


 ガチムチな男性教師を見て「うっわ」というような顔をした前の席に座る男子生徒は、そんなことを言い残して前を向いてしまった。少しチャラそうではあるが、中々面白そうなやつである。


「七海、もう始まるから顔上げろって」

「は~い……あ~、祐樹のせいで高校での第一印象最悪じゃんもう」


 後ろを振り返れば、未だに七海は籍で突っ伏していた。教師にまで目を付けられるとアレなので注意してやると、彼女は渋々顔を上げる。そこまでだったら下手に騒がなければよかったのに。


「よーし、じゃあ説明するぞ――」

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