第4話 彼氏いたの!?
「ぬ“お”いしょぉぉぉぉ!!!」
「どっしゃぁぁぁぁぁ!!!」
ドズンッ!!!
「WHAT‘S!?」
「おおー、また大物を持ち込んだわねぇ」
10分後、三田村家の新居のリビングには轟音が。その両端では二人の男性が座り込んで、自分たちが持ち込んだものを見ながら息を切らしている。
片方は祐樹。そしてもう片方は長身でがっちりとした体型の好青年。どちらもキツそうである。
「そんな重かったの? ファルコン」
「ファルコンいうな。あとこれは本当に重い」
「知隼兄はなんてもんを持たせんだ……」
「ははっ、わりぃわりぃ」
葵からはファルコン、祐樹からは知隼兄と呼ばれた青年は呼吸を整えながら立つと、クーラーボックスの横に置いてあった新品の紙コップを無作為に取り出して、水道水を汲んで身体にIN。未だに目をパチクリさせて現実逃避に勤しむ七海に一瞬目をやったあとで、知隼は“獲物”の処理をするべくポケットからカッターを取り出した。
「祐樹、そっちの端持ってろ」
「りょーかい」
大きな包装された発泡スチロールの上を青年が持つカッターが滑って、厳重にくるんでいたものを真っ二つに。最後蓋を開けると……巨大な魚の半身が姿を現した。
「これって……」
「ワッツ!?」
「やってくれたわね……」
「お、まだまだ鮮度抜群じゃねーか」
知隼が大量の氷の上に鎮座している魚の身を無理やりひっくり返すと、そこには赤くて美味しそうな、脂がのっているマグロが。どうやらこの半身はすべてマグロのようだ。
「これ、引っ越し祝いな」
「どこでこんなもん買ってきたのよ……」
「ん? PARIKO。片身だけだから12キロだな」
「でけーな!? ってかPARIKOすげぇ!!!」
さぞ当たり前のような顔をする青年と、ツッコミ気味に驚きを口にする祐樹。その反応を見たかった青年は祐樹を捕らえて「すげーだろー」とじゃれはじめる。一方、この騒動では蚊帳の外になった七海は呆けるだけしかやることがなく、家主であるはずの葵はもはや呆れて傍観しているだけだった。
「ってかこれ食べきれんの?」
「ん? 今日食えるだけ食って、他は漬けとか煮物とかにしてくから大丈夫だぜマイブラザー! ってなわけで包丁借りるわ。どこ?」
「はいはい……まだ台所全部洗い終わってないから、それも頼みたいんだけどいい?」
「おうよ。ここは任せて座ってな」
料理を作るだけでなく、追加オーダーまで入っても動じない知隼は、素早くキッチン掃除用品を取り出して掃除にあたる。どうして場所がわかったかはわからないが、とにかく手際よくキッチン全体を軽く拭き掃除して使えるようにすると、包丁でマグロの赤身をブロックで切ってまな板まで運搬していく。
その一連の坑道を見届けた葵は、未だに突っ立っている七海を引きずってソファへIN.
そして顔の前で手を振れば、ようやく七海の金縛りが解けた。
「ハッ……ボク、いったい何を」
「はいはい~、現実逃避からお帰りー」
「っ!? そうだ、あの方って? あとなんでマグロ???」
「あ~、それはねぇ。うん……あの人は私の彼氏で、マグロは引っ越し祝い、だって」
どう説明していいかわからない。そんな状況の葵はとりあえず事実だけを述べることにした。今ノリノリでマグロを捌いているのは自分の彼氏で、マグロは引っ越し祝いで持ってきてくれただけだ、と。
もちろん、常人では到底理解できないことを言っているのは百も承知だが、それ以外に説明のしようがない。
しかし、七海の驚きはそれ以前のものだった。
「ええええええ!? 葵姉に彼氏いたのぉぉぉぉぉ!?」
「うん、言ってなかったっけ」
「言ってない聞いてない知らない! 詳しく、詳しく!」
「ええっと、どこから説明したらいいかな~」
しまったとばかりに目を背ける葵だが、力が強い七海の前では無力。すぐに視線が合うように頭を操作させられて、場には逃げられないような空気が漂い始める。
「いつから付き合ってたの……!?」
「高、1……だったかなぁ~って」
「ッ――!! じゃ、じゃあなんか色々その、あったでしょ!?」
「はっはっは!! ドストレートだな! 別に隠すことでもねーから教えてもいいぞ!」
「ちょっとファルコン!?」
キャーっという黄色い歓声が上がれば、豪快に笑う知隼に狼狽の声を上げる葵。そんな華やかな空間の中、話題をかなり詳しく知っている祐樹はというと……
(なんか恥ずかしいんだが!?)
謎の羞恥に震えていた。
〇 〇 〇
「それで、それで!?」
「ほら、当日ってどこか変な空気流れてるだろ? だからお互いタイミングがつかめなかったからよ、最終的に屋上で落ち合ってだな~」
「ふおおおおお!! まさに青春っ!」
「も、もうやめてってばぁ!」
それから30分後。葵とのエピソードを雄弁に語る知隼の横には、七海が群がって話の続きを催促し、それを葵が顔を赤くしながら止める謎の構図が完成。最初は「誰この人」となっていた七海であったが、今ではすっかり知隼とは仲良しだ。
「そん時にもらったチョコの味は忘れられなくってよー。それから毎年毎年ねだってんだけどな。炊飯器どこだ? ここか」
「おお、おお! いい、甘酸っぱい!」
「んで、お返しはするんだが、葵からは特にリクエストがねーから俺なりのもの送ってるってわけさ」
「おおぉぉぉぉぉ!!!」
一人称がボクで、かなりボーイッシュな格好をしているとはいえ七海も女子。こういう恋バナには敏感だし、大好物だ。本人たちからすればかなり恥ずかしい話であるだろうが、そんなものは関係ない。楽しそうに調理をしながらあんなことやこんなことまで包み隠さず話しては豪快に笑う知隼にどうやら羞恥心はないようだ。
ちなみに、しっかりと羞恥心がある葵は机の下に隠れてしまった。
「勘弁しておくれよ~ファルコンー……私このままだと羞恥で窒息死しちゃう」
「葵はどこに隠れてんだ……あとファルコンいうな。じゃあ、続きは今度聞かせてやろう」「ほんと!? 約束ですよ、約束っ! ちなみに、ファルコンさんって言うんですか?」
「いーや、大門知隼だ。名前に隼って字が入るからもっぱらファルコン呼ばわりされてんの」
誤った名前の覚えられ方をして苦笑する知隼は、談笑している間に何か1品を作り終えていた。どこから取り出したかわからない大皿には一面にマグロの刺身が乗っていて、中央に行くにつれて身は赤色からピンクへと変わっていっている。
「おお~、お見事」
「ついでに竜田揚げでも作るか。なんか知らんけど唐揚げの作りかけがあったしな」
「あっ、そういえば。手伝ってもらっていい?」
「おう。二人はそこらでくつろいでてくれよ~」
美味しそうな刺身の盛り合わせを見に這い出てきた葵は、まな板の上で放置されていた鶏もも肉が入ったジッパーを見て「忘れてた」とばかりに手を打って台所へ。そうすれば、狭いキッチンではかなりの身長差がある男女が踊るようにして料理を作り始めた。
時々持ち場を変わったり、手が空いていたら相手が欲しがっているものを渡したり、ノールックパスを決めたり。声を出しても「ん」だったり「み“」だったりと、日本語ではない謎言語が使われて、二人の世界が構築されていっている。
「仲、いいんだね……あんなべったりと……」
「まあ、似た者同士だから波長が合うんだろ」
「そんなもんなの……?」
「どっちも変なとこの頭のネジが取れてるっつうか。言葉にすんのは難しいな」
6年以上にもなる葵と知隼の関係と絆は深い。学生でなければ即結婚しそうな二人は周りからも羨ましがられることが多い。なんせ知隼は外見がいい兄貴分、葵も背こそ低いが地元の高校でもミスコンで優勝するレベル。
ただ、祐樹は知っている。彼らのエピソードはどれも“肝心なところが残念”なところに――
「世の中には、知らないほうが得なこともある」
「なんだそれはーっ! 気になるでしょー!? ってかどこで知隼さんと知り合ってるの!?」
「あの二人が付き合い始めたころからよく家に来てたから自然と。俺ともよく遊んで仲良くしてくれたし」
「じゃああの二人のことよく知ってるってことじゃん! ズルいぞ、ボクにも話せーっ!」
「うっわ、おいちょ、やめろ!」
突如始まるプロレスごっこ。一人だけ関係性を知らないのが気にくわない七海は、関節をキメにかかったり、脇腹やわきの下をくすぐろうと集中的にその部分を狙う。それに対して、祐樹は力を入れないように加減をつけながらも、執拗に攻めてくる七海の攻撃を腕で受け止めたりガードをしたりしながら後退していく。最終的に家具と近隣住民に迷惑が出ないように配慮しながらの戦争に。手刀やローキックが飛び、柔道の技すらも出る。
お互いにどれだけの力を出したら相手を傷つけてしまうかがわかるからこそできる対等なバトルだ。
「へぇ。祐樹と彼女はめちゃくちゃ仲がいいのか」
「あの子は七海ちゃん。仲がいいのは、あの子たちも腐れ縁だからかなぁ。昔からよく二人で遊んでたしね」
「ほぉん。……そりゃ羨ましい。っと、そっちは」
「できてる。っていうか作りすぎじゃない?」
「残ったら冷凍したりすればいいだろ。俺も持ち帰るし、七海ちゃんに持たせてもいいだろ」
「それもそうね」
部屋の隅で「このっ」や「何をーっ」と声を出して争う二人の仲は見ていて微笑ましい。どこか暖かい気持ちになった二人は、振り向いて残りの料理を完成させるべく手を動かし始めるのだった。
その後、引っ越しパーティーに出された料理の品目が多すぎて大食い大会のようになってしまったことはまた別のお話……。
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