第3話 来客

 葵と祐樹の新居は、PARIKOから車で15分ほど行ったところにある“ヴェルサール新瀬野”と書かれたマンションだ。大通りから横にそれてすぐのところにあり、曲がった交差点にはLRTの新瀬野橋駅がある好立地だ。


「ん“~っ、重っ!? こんなの持ってきたの!?」

「そうだが……?」

「そっかぁ……これを平然と持てるのは、やっぱ男の子ねぇ。昔とは大違い」

「いつまで俺が昔で止まってると思ってるんだ……」


 広い駐車場に車を止めた祐樹たちは、荷物の積み下ろしをしていた。祐樹が実家から持ってきたモノに加え、PARIKOで買ってきた日用品や服。さらには見境なくカートにぶっこんだ食材の数々。とても二人で持つには多すぎる量がある。

 あまり身長も高くなく力も弱い葵は、苦労しながらもキャリーケースを車から引き出すと、無理やり引きずるような恰好になりながらも先導してマンションの中に入り、エレベーターへ直行。祐樹と合わせて過積載にならないかとビクビクしながらも3階にある自分たちの部屋へ向かった。


 306号室と書かれた部屋の前に来た葵は、ポケットのキーホルダーから1枚のカードキーを取り出してドアノブにかざして鍵を開ける。ドアには鍵穴がなく、完全にオートロックになっているようだ。


「よいしょ。とりあえず部屋割りはあとで決めるとして、荷物はそこらへんにおいといて。食材はリビングね」

「へいへい」

「私は軽く掃除機かけてるからー」


 やっとの思いで辿り着いたのに、引っ越し直前あるあるのドタバタが彼らを襲う。来客の時間までは残り10分。優先的に食材をリビングに運ぶ祐樹と掃除機を発掘して電源を入れる葵。そこからはきょうだいの絆で織りなすチームプレー。葵の掃除機の進路にある段ボールを祐樹がどっかに持っていき、そこをすかさず葵が汚れを駆除。玄関に置かれている荷物も大急ぎで奥の適当な部屋詰め込んだら、小さな箒を装備した葵がやってきて軽く掃き掃除。最後にそこらへんにあった雑巾で祐樹が廊下をダーッと拭き掃除すれば準備は完了。時計はギリギリ17時手前であった。


 ひと段落済んだ二人が買ってきて間もないジュースを二人が飲んでいると、部屋中にチャイムが響いた。それと同時に時計は17時を指す。時間ぴったりだ。


「お、来た来た。どっちかな~?」


 重たいものばかりを運んだせいでくったくたの祐樹が使い物にならないことを察した葵は、コップを置いて玄関に向かう。そして、ドアがガチャっと開くと急に騒がしくなる。誰かと

誰かがキャッキャと喜ぶ声がしたことで、祐樹は“あの子”の方が来たと察した。


「――で、下で大学生っぽい男の人見なかった?」

「ううん。見なかったよ?」

「そっかー……まーたあの人は変なところ行ってるわね」


 玄関から何かを察したような葵の声がしたころ、リビングへ続く横スライド式のドアが開けられる。そうすれば、ふわっとした質感の髪を揺らす葵が入って来て、その後ろにはセミロングの髪型にホワイトシャツワンピースを纏った少女の姿。


「祐樹~、七海ちゃん来たよ」

「お邪魔しま~す」


 七海と呼ばれた少女――喜多山七海は、未だに段ボールが数個ほど転がるリビングに恐る恐る入って物珍しそうに左右に顔を振り、疲労でグダーっとなる祐樹を見つけて「あー……」と言った顔をする。


「やっほー。お疲れ様だね」

「おう……本当に来ちまったよ。遠い場所」

「だねぇ。まさかあの時の約束の通りになるなんて、ボクも思わなかったよ」

「指切り拳万じゃなかったんか」

「あっはは、そうだったそうだった」


 七海は何かを思い出したかのように笑うと、数年前に約束したとき時と同じように祐樹よりも上にあるソファの上に座る。くたくたでソファからずり落ちた祐樹は、体勢を立て直したらソファによっかかるような形になった。


「なんか、この構図を見るとあの鉄骨山を思い出すね」

「ん? そうか?」

「そうそう。“祐樹”は一番上まで登ると降りるのが大変だって言って滅多に一番上まで来なかったじゃん」


 そういえばそんなこともあったな……と祐樹は天井で輝く新型LEDを凝視しながら呟く。七海ほど運動神経がよくなかったから、ずっと前をどんどん走っていくのを追っていったり、ぴょんぴょんと身軽に鉄骨を渡って頂上で座るのを見ていたり。


 中学時代も電凸してもらって遅刻回避をしたこともあった。とにかく、七海にリードされてばっか。それが少し祐樹が気にしている部分だった。


「まーた変な事考えてるでしょ。多分こいつには敵わないな~、みたいな感じ」

「さあな」

「もっと自信持っていいと思うけどね。ボクだって――ぅん。まあ、色々あるし」

「七海ちゃーん、何飲むーっ? アレだったらこっち来て選んで~」

「えっ、はーい」


 何かに詰まりかけた刹那、台所に立っていた葵から声が飛ぶ。それに応じた七海が軽い身のこなしでソファからジャンプして、机を軽々飛び越えて台所前に置かれたクーラーボックスへ。身体全体がバネで出来ていても不思議じゃないと祐樹は考えたが、その思考もすぐに消え失せた。


 ……とにかく、疲れたのだ。


 もうちょっとで引っ越し祝いパーティー(?)が始まるらしく、台所では女子2名が「何作るのー?」「これこれ」と言った会話をしているが、それはただの睡眠ASMR以外の何物でもなくなっていく。


 だんだん瞼が重くなってきて、完全に寝かけた瞬間――


「もしも……はぁ!? うん、とにかく下いんのね!? はいはい、今私は手が離せないから」

「ん?」


 突如騒がしい声がリビングに響くと、驚いた祐樹の意識も戻りかける。声のする方に目を向ければ、片手にスマホを持った葵が「なにそれありえないんですけど」といった顔を向けながら、色々何かを確認しているようだった。となりの七海はなんのことかわからないといった困惑の顔で、鶏肉とタレが入ったジップロックを無意識化で揉みこんでいる。


「はい、うん。もう一人はもう来てる。じゃあそこ居て、祐樹がそっち行くから。ぜっっっっっったいに動くんじゃないわよ?」

「なにごとっ……」

「祐樹、ちょっと駐車場まで行ってきてくれない? “あの人”が荷物抱えて立ち往生してるから」


 再び台所に向き直った葵は、祐樹を長ネギで指しながら指示を飛ばす。どうやら、もう一人の来客のようだ。しかし、荷物持って立ち往生とは何があったのだろうか。荷物をぶちまけたとか、はたまた大きいモノなのか。祐樹の想像する“あの人”なら何をしでかしてもおかしくない。ボケーっと想像していると、葵から「早くして」と催促が来る。


 誰なのかがわからない七海が頭にはてなマークを浮かべているのを横目で確認した祐樹は、しょうがないとばかりに起立し、そのまま駐車場へ。エレベーターを降り終えるとエントランスを出て“あの人”を探し始めた。

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