第2話 新しい街

 4月1日。所謂新年度の始まりを迎えた日本では、既に桜が舞い始めていた。地球温暖化のせいなのかは知らないが、年が経つごとに桜の咲く時期が早くなっていっているような気がしてならない。


 駅前から続く桜並木のようなメインストリートがピンク色に染まる中、電車からは一人の少年が降り立った。


『――駅、――駅。御乗車、ありがとうございます』


「ここかぁ。かなり栄えてるな」


 少年はホームから滑るようにして出ていく電車を見送ったあと、3つのホームと6個の線路が通っている大きな駅と、その横に立つ百貨店のようなビルを見てから、そんな独り言をつぶやいた。


 “みたむら ゆうき さま”と印字されたICカードを取り出した少年は改札を出ると、迷ったかのように左右に首をブンブンと振る。あっちを向いても店、こっちを向いても店。上を見たら商業施設の通路、下を見れば広い駅の案内図、後ろを振り返れば改札機の群れが鎮座。


 改札機なんて2台くらいしかなかった彼の地元とは大違いの環境に、彼は非常に困惑していた。そして、そんな彼を周りの人たちは「なんだこいつ」と視線を送ってしまう。都会でオロオロすることは、それだけで目立ってしまうのだ。


「っと、待ち合わせ場所まで行かねぇと」


 完全に自分に周囲の視線が集まっていると悟った少年は、そそくさと移動をしはじめる。買って2年ほどのスマホを片手にメッセージを打ち、どこに待ち合わせの場所があるかを確認していく。駅の出口は北に1つ、南に1つ、西に1つ。簡易的な地下街まであるもんだから、迷ったら最悪だ。


 少し方向音痴気味の彼が右往左往して辿り着いたのは南口のロータリー。軽く見渡しても15台ほどの自家用車が止まっている大きなところだが、その中で1つだけ目立つ全身水色の軽が。それが彼の目的地だ。


「こういう時は便利なんだけどなあ」


 あまりにも周囲の車と比べて浮いていることに恥ずかしさを覚えながらも、少年は荷物を持って水色の車に突撃。ノックもなしに後部座席のドアをあければ、運転席から「やっときたー」という女性の声がした。


「遅かったじゃーん。また迷ったんでしょぉ」

「しゃーねぇだろ。まさかこんなデカいとこだとは思わねーじゃん」

「こりゃあ、東京の都心とかには一人で行かせられないな~。“祐”はこっちで正解だね」

「ナチュラルに自分の弟をディスるな」


 不満そうな少年――裕樹の声に「でも事実じゃない?」と笑いかけながら荷物の搬入を待つ姉の葵は、時計を確認してお気に入りのラジオを聴くために車のカーナビを操作する。

 最近の車に標準で装備されてるこれを最初に観た時は興奮したものだが、今では便利なツールという認識でしかなくなった。それは、まるで自分の弟のようでもあるような……。


「とりあえず、お昼ご飯食べたら買い物するから、その時は荷物持ちなさいよねぇ」

「はいはい。モノによるけどな」

「そんな重くはならないわよ。祐の日用品が中心なんだから」


 自分だけだと重すぎる荷物も、中学で一気に身体が成長した弟に持ってもらえる。昔は自分が彼の分まで持ってあげたから、などという言い訳も若干混じるが、やはり家族だから言える失礼の範疇で、“便利ツール”の認識は外れない。


 そんなふうに思われてることを知らない祐樹は、最後のキャリーケースを車内にねじ込んでから助手席に座る。そうすれば、タイミングを見計らったようにして水色の軽はロータリーを滑りはじめた。止められているバスや車をよけて遠心力がついた車は、信号待ちを経て街へと吐き出される。


「んで? 昼ってどこ行くんだ?」

「そうねぇ。今日の夜は“あの子”も呼んで引っ越し祝いのパーティー開くから……フードコートかな☆」

「それ、要約すると姉さんが作るのめんどいってことでいい?」

「もち。引っ越し初めにキッチンを使うのなんて面倒くさいに決まってるでしょ~。“あの人”が来てからじゃないとやらないもーん」


 “あの子”や“あの人”と抽象的な表現を無意識で連発するのは、葵の癖だ。最初は誰やねんと一々ツッコミを入れていた祐樹も、長年一緒にいればトーンや口調で誰だかわかってしまうようになった。それは果たしていいことなのか、悪いことなのかと思案しても、結果はいつも「わからん」になってしまう。


 そんな彼を乗せた車は、片側2車線の大きな通りに出て少し進むと、大きな商業施設に入っていく。“PARIKO”と大きく書かれた郊外施設はの大きさは、まるで地元にあった集合団地レベルに……いや、それ以上にデカい。


「ここがPARIKO。ここらへんの文化の中心。たいていここくればなんとかなるわ」

「あっちでいうとこの商店街みたいなもんか」

「そういわれるとなんか腹立つけど……だいたいそう。高校生なら、ここのどこにどんな店があるとか知っとくと便利だし、モテるわよ。あとここの商品券とかも持ってるとモテるわね」

「なんでモテる前提なんだよ……」


 そこまで絶対的にモテたいとは思っていない祐樹の言葉に、葵は「だって思春期じゃない?」と返しながら駐車券を発券機から受け取った。


               〇 〇 〇


 PARIKOの中は下手なテーマパークよりもデカい敷地を誇っていた。4階まである本館には大手総合スーパーや色々なショップが並び、家族連れでも楽しめるようなゲームセンターに映画館まである。まさに進化を遂げた商店街のようなところだ。


 そんなPARIKOの自慢はレパートリー豊富な飲食店街。中華やイタリアンに始まり、寿司屋や蕎麦などの和食ブース、変わり種で中東料理まで。フードコートもかなりの広さがある。


 祐樹と葵もフードコートにやってきて遅めの昼食を取り始めた。葵は控えめにバーガー屋さんのサンドイッチ、祐樹はがっつりと肉料理である。


「にしても人がすごいな……」

「私も初めて来たときは驚いたもんよ。この街に住んでる人全員がここにいるんじゃないかってぐらいね。それにここ、すぐそこに電停もあるから車ない人でも来やすいのよ」

「電停?」

「そ、LRTのね。祐もここ来るときは使うだろうから、あとで位置教えてあげる」


 どうやら、ここは交通の便がいいところらしい。すぐそこには駅前から伸びるLRTの電停があり、バスも4つの系統がここに立ち寄ってから四方八方に散っていく。間髪入れずに色々なイベントがやっているもんだから人も多い。そんなところまでのアクセスは、どこの交通事業者からしたらしない訳にはいかない。それも相まって、PARIKOは大盛況なのだろう。


「しかもこの近くで同じ規模と言えば、高速に乗って40分、電車だとさらに30分は乗らないとないからね。ここらへんだと定番なの」

「あ~……そういや転校してきたヤツが言ってたな。こっちにイ〇ンないのかって」

「なんかジャ〇コと同じにされるのは気が食わないけど……そんなところね」


 地元を出てから数年、すっかり違う土地の人となった葵はどこか不満げな表情を浮かべるも、すぐに食べかけのサンドイッチへと視線を落とす。まだ4分の1ほど残っているから、あと3分もしないうちに食べきれるだろう……そう思って祐樹が頼んだ肉料理に目を向けると、皿にあったはずの料理は忽然と姿を消していた。自分が頼んだ物よりも3倍くらい量があったのにと思いながら、葵は残りを口に放り込んだ。


 最後にセルフサービスの水を飲み切ると、二人は総合スーパーの日用品が売っているコーナーへと歩を進めた。

 葵がなんでも揃うと豪語した通り、日常で使う物の在庫には抜け目がない。歯ブラシや洗顔料、スキンケア商品、シャンプー。寝間着も売っていれば、メンズのシンプルなデザインの下着まで。どれもお手頃価格でお買い得。絶妙な値段設定はどんどんと人の購買意欲をそそっていって、余計なものまで買わせていく。冷静になれば別になんとでもないが、買い物好きはすぐにその経営戦略にハマってしまう。


 もちろん、ショッピングが好きな葵もその餌食となってしまっている。


「ほら、こっちも似合うじゃない」

「いや、いらねーよ」

「じゃあこっち。シックな色合いだから大人っぽさも出るじゃない?」

「だーかーら。下着系を買いに来たんだろ? 上着とかは持ってきたのでいいって」

「ダーメ。友達と遊びに行くときにあっちで着てたようなのだとダサすぎるって」


 弟を試着室に缶詰めにして、姉は売り場を走り回ってコーディネートをしまくる。テーラードジャケットが来たと思えば、次はチェック柄シャツ。祐樹からすればどれも同じような服を延々と着させられても特に面白みはないから、どんどん顔も不満げになる。

 時刻も15時を少し回ったくらいだと思ったら、なんと16時を超えた。その間に洋服屋を3軒以上回って、その店でマネキンになることの繰り返し。そろそろ試着室が処刑場に見えてきたところで、葵はようやく満足したようで、上下1セットの服をレジへと持っていって、お代と引き換えに返ってきた紙袋を祐樹に手渡した。


「はい、これ進学祝い。大事に着てよ」

「あ、ありがとう」

「さて、満足したし食材買って帰ろうか。今何時?」

「16時すぎて21分」


 瞬時にポケットからスマホを取り出した祐樹が現在時刻を唱えると、ご機嫌で前を歩いていた葵は一瞬フリーズして、途端に顔を青くする。そして、もう一度フリーズしてから、祐樹の腕を無理やり掴んで走り出した。


「まずいまずいまずい! もうちょっとで約束の時間になっちゃう!」

「何時に呼んだんだよ!?」

「17時! 家まではここから15分はかかるから、10分で買い物済ませるわよ!」

「あと1時間もねえじゃんかよ!?」


 本気で焦りだした葵は、飛ぶ勢いで祐樹を引っ張ってスーパーへ駆け込む。深く何かを考えるでもなく、葵は次から次へと食材をカートに放り込んでいくのだった。

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