第5話
わたしは、銀行の地下へと消えていく銀行員たちを手を振って見送りました。
「銀行の消失を確認してから、地上へ出てください。姿かたちはメイクで変わっているかもしれませんけど、生体情報は何も変わっていません。警察に確認されないように」
「本当に、おひとりで大丈夫なんですか?」
「平気です。むしろ一人でないとやりにくいといいますか……。とにかく、早く行ってください」
銀行員たちがおっかなびっくり、通路の闇へと消えていきます。
地下通路は、彼らとここの銀行をつくった人間しか知らない隠し通路となっていました。有事の際の避難経路として用意されたものだったけれども、姿をくらますために用いられるとは、設計者も考えていなかったに違いありません。
人の姿が見えなくなって、わたしは息をつきます。
「よし」
身につけていた腕時計に手をかけます。見てくれは普通の腕時計。珍しいところといえば、液晶ではなく針がカチコチ動いていることくらいかなあ。いわゆるアナログ時計ってやつです。ふるくさいって思われるかもしれないけれど、だからこそ、こんな機能が組み込まれているとは思わないでしょう?
竜頭を三回押し込み、ベゼルを右に動かす。ベゼルには逆三角形型の矢印があって、それが文字盤の数字の場所へ動かし手を離せばベゼルが勝手に戻っていく。これで、その数字をダイヤルできた。
つまり、この腕時計は、電話をかけることができました。どうだろう、ちょっと面白くないだろうか。ほかにもいろいろな機能があるんだけど、それは今度のお楽しみ。
電話をかける相手はマオさんだ。
コール音が、静寂に包まれた金庫室に何度も響きます。
ガチャっ。
「もしもし」
「わたし。やちよだけど」
「ん、どうした。交渉はまとまりそうか?」
「うーんとね、その話だけれども。第二部隊って耐爆ドームってある?」
耐爆ドームっていうのは、爆弾に被せることで爆破のエネルギーを外へ出さないようにするものです。ポケットサイズのものから恒星一つすっぽり覆えるものまでサイズはいろいろ。放射線の大部分もカットできるおまけつき。
「あるが、この場にはないな」
「じゃあ、耐熱シールはあるでしょ。あれで防御するか、さもなければ百メートルは退避して」
「はあ? いきなり何を……」
「MBHBMを起動してるわ」
兵器の名前を言うと、マオさんが息を呑みました。
「そこに、んな物騒なもんがあるの……?」
「ある。起動している。あと五分」
五分は嘘です。まだ起動させてはいません。その代わり、起動させたら一瞬で爆発するけども。
「五分!? 爆発処理班も間に合わないじゃない!」
「もう四分になってるから、早く退避か耐爆装備をした方がいいと思う」
「わかった。やちよちゃんも退避して」
「わたしは限界まで爆弾の解除をやってみるつもり」
「犯人たちは大丈夫そう?」
「まだ立てこもってる。こっちはこっそり爆弾の方にやってきたんだけど……あ、まずいっ」
金庫室にはわたし一人しかいないんだから、マズイも何もない。演技です。
「どうかしたの!?」
「犯人が来たかもしれないから――」
わたしは電話を切りました。こうしておけば、迂闊には近寄ってこれないし、犯人が逃げ出したとは思わないでしょう。
金庫室の奥にある金庫に近づきます。円形をしたその扉は、映画で見たことあるやつとそっくりでした。つるりとした金属の表面には、コンソールと生体認証用の機器がありました。その他には何もありません。なるほど確かに、セキュリティはしっかりしています。これで、物理的に壊したり、システムをハッキングしようとしたらブラックホールが生まれるっていうんだから、盗人からしたらたまったもんじゃないに違いませんね。
その爆弾を今から、わざわざ起動させる。
そんなことをするやつはどうかしていると思うけれども、それがわたしなんだから、何も言えません。
わたしは腕時計に手を伸ばします。時刻は午後六時になろうとしていました。もともとは、第二部隊の面々がダイナミックエントリー予定の時刻。だけども、もうそんなことはしてこないに違いありません。
それでも、事件の解決を受け持ったからには最後までやりとげなければ。
わたしは大金庫の扉に近づき、生体認証装置をなんどもバンバン叩きます。そのたびに、赤い光と物々しいアラート音が鳴ったかと思ったら、目の前が真っ白に。
超小型のブラックホールが生成されると同時に消失。その際生み出された膨大なエネルギーは、わたしの命を消し飛ばすには十分すぎる威力があったのでした。
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