第3話

「どうも、私はこの銀行の社長を務めます、大城洋と申します」


 立てこもり犯の一味は丁寧にも、名刺を渡してきました。見た目はテロリスト然とした姿をしているものだから、妙に落ち着かない。そわそわしていたら、その顔がぎらりと笑みを形づくりました。


「これ、メイクなんですよ」


「ああなるほど。変装ということですか」


「そうでもしないと、銀行員だとすぐにバレてしまいますから」


「というと、立てこもっているのは……」


「多治見さんがお考えの通りです」


 立てこもっているのはここの銀行に勤めている人。犯人からそこにいる佐藤と呼ばれた人質まで、誰もかれもが銀行員ってことか。


 それってつまり。


「立てこもりは狂言ということですね」


「その通りです」


「しかし、環境テロリストの名を騙ってまでどうしてそんなことを?」


「最近、不景気でしょう」


「それは確かに……」


 人類は現在、地球と月と火星に居を構えていましたけれども、互いに仲が悪いです。三国間でケンカばっかりしているほどで、火星は「なんで開発の援助をしてくれないんだ」と月と地球に文句を垂れていました。


 対して両国は「もっと国内を安全にしろ」と火星政府へと苦言を呈しており、早一年が経過してようとしています。戦争にならないのは自分の国のことで精一杯だからとかなんとか言われているけれど、それはさておきます。


 援助が乏しくなっているため、火星では失業者が増え始めていました。そのために犯罪は増加し、治安部隊は荒っぽくなり、いろいろなものが巡り巡って、火星に住まう人々は怯えているというわけです。


「それで、貸し倒れが起きたところに、利用者が預金を下そうとしまして」


「あーなるほど。お金がなかったと」


 重々しく、大城さんが頷いた。「時間をかければ用意することもできますが、すぐにとせっつかれておりまして」


「それで、倒産するほかなかったと。でも、だからってこんなことをしなくてもよかったんじゃ」


「そうかもしれませんが……保険が下りるかもしないでしょう?」


「下りない可能性の方が高いですよ。それに、治安部隊に殺される危険だってあります」


「それは覚悟の上です。どちらにせよ、利用者に殺される可能性もありますしね」


 そう言ったのは、人質役を務めていた女性。黒々とした瞳には覚悟の光が灯っています。


「しかし、火星解放戦線の名を騙ったのは痛かったかもしれません。あいつらは、偽物を許さないそうでしたから」


「そ、そうなのですか」


「さっき第二部隊の隊長がそんなことを言ってましたよ。本当のところはどうだか知りませんけど、目を付けられる可能性はありますね」


 ただ不安なのは、マオさんがその可能性を案じていたっていう事実です。あの人の直感は、獣じみたものがあります。だいたいの場合、的中してしまうから怖いんですよ。


 わたしの言葉に、銀行員二人が顔を青ざめていました。ちょっと怖がらせてしまったかもしれません。交渉上、精神を追い詰めない方がいいことの方が多い。窮鼠ネコを噛むというじゃないですか。


「とにかく、人質がいないなら、何とか立てこもるのをやめてもらえませんか。このままだと、突っ込んできますよ」


「そうはいっても……」


 社長が部屋の外へと目を泳がせています。わたしは銀行の奥の方に位置している社長室で話をしていたんだけども、建物側の窓にはじっとこちらの様子を窺っている人々の姿がありました。わたしと目が合うなり、散り散りになっていたけども。


 どうにもこのまま、いない犯人のせいにしたいらしい。


 うーんどうしたもんか。


 わたしとしては、立てこもり事件じゃなくてホッとしているようなそうでもないような。


 しかし、治安部隊(それから火星解放戦線)の皆々様にとっては、立てこもり事件は正真正銘本物。時間に差はあれど、どちらも襲い掛かってくることには変わりありません。


 腕を組んでちょっと考え込んでみることにします。


 時計を見れば、午後五時を回ろうとしていました。マオさんたちもあと一時間は突入してこないはずですから。

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