第2話

 わたしは着の身着のまま、バリケードへと向かっていきます。身に着けたセーラー服のポケットには何も入ってません。身に着けているものといえば、腕時計くらいのものです。


「あのーすみません」


 両手を上げて、降参のポーズ。武器は何も持っていないことをアピールするためであり、周囲の治安部隊に目が向いている彼らに気づいてもらうためでもあります。


 バリケードと取り囲む治安部隊とのちょうど真ん中ほどまで来たところで、立てこもり犯の一人がようやくわたしに気が付いてくれました。


「とまれえ!」同時に、アサルトライフルの銃口がこっちを向きました。「それ以上近づくと撃つぞ!」


「わかりました」


 わたしが立ち止まりますと「親方ぁ。女が来ました」という声がバリケードの方でしました。犯人は複数人であることは、マオさんから教えてもらっていましたから驚きはしません。それにしても、わたしは奥の銀行の方を見ます。


 銀行内の様子は即席バリケードの陰になっており、わかりません。それにしても異様なまでに静かです。客の大半が逃げ出したと聞いていますけれど、それにしたって店員の多くがまだ残っているにしては、しんしんと雪が降る夜みたいにしんと静まり返っています。


「誰だ、名を名乗れ!」


「多治見やちよと言います」


「金は持ってきたのか」


「それはもうちょっと時間がかかるそうですよ」


「じゃあ何の用だ!」


「わたしは人質代行サービスというものをやっています」


「人質代行サービス?」


「ええ、そちらにいらっしゃる人質とわたしを交換したいんですけど、ちょっとお話しませんか?」




「これ、名刺です」


 わたしは用意していた名刺を差し出します。テーブル挟んで正面にいる、粗暴そうな男は意外にも両手で名刺を受け取り、どうもご丁寧に、と言いました。見た目からは考えられないような、物腰柔らかな口調にびっくり。


 それに――。


 案内された応接室は、立てこもり犯がいるにしてはあまりに綺麗でした。もっと荒されていてもおかしくないのに。


「いやはや、本当に人質代行サービスとは」


「信じられないということですね、よく言われます」


「して、目的を教えてもらえますかな」


「そちらにいらっしゃる、人質? の方とわたしとを交換していただきたいと思いまして」


 人質と口にする際、思わず疑問符をつけてしまったのには意味があります。だって、その人質はまったく人質に見えませんでした。

 ぱっと見は確かにスーツは胸元まではだけていましたし、その目は鉛のように曇っています。だけども、芯まで絶望しきっているというわけでもないし、何より犯人と親しげに話していました。


「それはできませんね」


「できない? どうしてでしょうか」


「理由をお教えすることはできませんね。あなたが治安部隊へ告げ口しないとも限らない」


「守秘義務は守ります」


「確かに、仕事人としてのあなたを信用しないわけではありませんが、ことがことなのでね」


 犯人が苦々しく笑う。それが、わたしに違和感を抱かせる。衝動的な犯罪には違いないけれども、何かのっぴきならぬ理由にせっつかれたような感じがありました。


「何か、あったんですか?」


「ええ、ありました」


「佐藤君!?」


「社長、ここは素直に話した方がいいのでしょうか。この子は、嘘をつくような人じゃありませんよ」


「うむむ、しかしだな……」


「それにわざわざ人質代行サービスの方がやってきたことには何か理由があると思います。治安部隊が強襲せずにやってくるだなんて珍しいことですから」


「ああ、それは第二部隊だからですよ。安易に強襲作戦を組まない、『お人よしの普賢まお』って知りません?」


 犯人と人質は揃ったように、首を傾げました。治安維持のための部隊はどれもこれも武力行使しかしないと思われているらしいです。マオさん率いる第二部隊以外は、実際その通りでした。

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