人質代行ちゃんは今日も犯人と交渉する

藤原くう

第1話

「よお、やちよ。やっと来たか」


 現場につくなり、防弾チョッキを装備した普賢マオさんがわたしの肩を抱いてきました。彼女はマーズシティがほこる治安部隊の第二部隊を率いる、それは偉いお方。一般人なら触れることもできないような立場の人でしたが、奇妙なことに縁がありました


「来ましたけれど、状況はどうです?」


「どうもこうもない。いつもの立てこもりだな」


「立てこもり」


「ああ、今回は銀行強盗で……」


 見てもらった方が早いか、とマオさんは言い、先の方を指さします。


 そこには、ショットガンと防弾盾を装備した物々しい格好の治安部隊の隊員と、彼らに取り囲まれた銀行がありました。


 銀行の入り口には椅子やら植木鉢やら車やらが横倒しになっており、即席のバリケードとなっています。


 バリケードの陰からは女性の半身が出ており、その体には筋肉質な腕がシートベルトのように食い込んで、女性が逃げ出すのを制しています。


「お前らの要求はなんだあ!」


 隊員の一人が、バリケードへと声を張り上げます。女性の陰から返ってきたのは、沈着冷静な声です。


「我々が要求するものはただ一つ、人類の火星撤退だ。この不毛な大地は人が来るにはまだ早すぎる。――ええっとそれから、なんだっけ。ああそうだっ、一生遊んで暮らせるカネと女と、カリブ海あたりの島を一つを頂こうではないか」


 それを聞いていたマオさんが肩をすくめた。「火星解放戦線の模倣犯だな、やれやれ」


 火星解放戦線。聞き覚えがあります。


「環境テロリストでしたっけ」


「ああ、超が付くほどの危険組織さ。もっとも、こいつらはそんなこと知らんのだろうな……マネなんかしたら、ぜってえあとからひどい目に遭わされるぜ」


「それで、どうしてわたしが?」


「お前なら、交渉できんじゃないかと思ってな」


「……わたしは人質代行サービスを行ってるだけで、別にネゴシエーターじゃないんですけど」


「似たようなもんだろ? 先輩から聞いてるぜ、こいつに交渉させたらたいていの立てこもり事件が解決するって」


「どこの誰が言ったか知りませんけど、わたしは人質からの依頼しか受け――」


「一万」


 マオさんが人差し指を立てる。一万マーズドル払うからやれってことらしいけれど、ごめんだ。わたしは首を横へ振る。


「しょうがないなあ、十万。これならどうだ」


「わかりましたお受けしましょう」


「……まったく、ガキのくせして、カネにがめついんだから」


 やれやれとばかりに肩をすくめているマオさんを、わたしは思いっきり叩いてやった。お金は大事に決まってるでしょう。なけりゃ生きてられないんだからさ。

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