子どもたちの非難


 僕とモルンを見ている子どもたちは、みな槍のような長い棒を持っている。そばにいた若い娘が大声をだした。


「さあさ、なまけてないで訓練だよ!」

「でも、ベッラ、あいつ、猫をいじめてるんだ。猫はネズミをとってくれるのに!」

「そうだ、そうだ! 猫をいじめるな!」

「ベッラ、やめさせて!」



 子どもたちの会話が聞こえてきて、モルンと僕は動きをとめる。お互いの顔を見て、うなずいた。ふたりで怒っている子どもたちに近づいていった。


「こんにちは。僕はテオ。猫をいじめてるんじゃないよ」

「こんにちは。ボク、モルン。そうだよ。ボクらはね、訓練してるんだよ」


 そう声をかけると、モルンがしゃべったことに、みんな体をこわばらせた。


「猫が」

「しゃべったの?」

「うん、ボクはしゃべれるよ。でね、これは剣の基本練習」


 僕が手を差しだすと、モルンが肩まで駆けあがった。前足をにぎにぎして仲が良いことを強調する。


「ああ、君たちも冒険者だね。あなたのそれは鉄証?」


 淡い茶色の髪をひとまとめにし、革のヘアバンドをしているベッラにたずねた。


「ええ、そうよ。で、この子たちは木証よ」

「ふーん。ねえみんな。ボクらも同じだよ。ほら」

「木証だ。猫が冒険者? 猫がぁ?」


 ベッラたちは腑に落ちないような顔をしていたが、いじめられてるんじゃないというモルンの説明を受け入れたようだった。

 ベッラにせかされ、子どもたちも体を動かし始める。棒で突きあい、当たりどころが悪いときには大きな悲鳴をあげていた。



 僕とモルンは、動けなくなるまで追いかけっこを続け、転ぶ回数は少なくなっていった。


「少しは動けるようにはなったけど」

「でも、テオにつかまえられちゃう。やっぱり今までと、どこか違うなぁ」

「だね。練習あるのみかな」


 日が傾いたなか、気がつくとベッラたちは訓練場からいなくなっていた。


「もう体が動かないよ。帰って、魔力充填と吸収の練習をしようか」

「それと、ボクはお昼寝もするよ」




 次の日、朝早くから冒険者ノ工舎を訪れていた。


「今朝も、魔力は少ししか回復しなかった。もっと赤珠の訓練が必要だな」

「ボクも少しだよ。成長のせいかな。テオの両手の傷も関係ある?」

「どうなんだろう? もう痛みはないけどね。なんのための傷かわからないの?」

「わからない。でも、何かが変わるってそんな気がする」


 僕の肩の上で、モルンが顔を洗いながら答える。子猫じゃないけど、そう重いってことはないな。


「何かが変わるか。あ、昨夜、子猫になろうとして驚いた声だしてたね」

「うん。できなかったんだよ。どこかおかしいんだ。もうひとりボクがいて、重なってるような……なんか全部の釣り合いが変わったみたい」

「重なってる? うーん、ほんとにどうしたんだろう?」



 冒険者ノ工舎の建物は、オルテッサの街とほぼ同じ作りをしている。今朝は入口近くのテーブルには人影がなく、かなりの冒険者が壁の掲示板に集まっていた。


「こいつはまずいんじゃねえか?」

「ああ、きな臭いな」


 あまり穏当ではない会話が聞こえてくるが、人混みの後ろからでは掲示板に何があるのかはわからない。


「見てくるよ」


 モルンが肩からおりて、足の林を抜けていった。僕が周りを見渡すと、ベッラと昨日の子どもたちがいるのに気がついた。


「おはよう、ベッラ」

「あら、テオ。おはよう」

「この人だかり、どうしたの?」

「工舎から注意の掲示がでたのよ」


 そこへモルンが戻ってきた。


「おっはよー、ベッラ」

「おはよう、モルン。みんな、この子がモルン。昨日話した猫の木証よ」


 ベッラが子どもたちを紹介してくれた。


「掲示板、高くてよく見えなかったけど、どうも危険な魔物が近くにいるらしい」

「そうなのよ。正体はわからないけど、近くの村にも被害がでてるって噂なのよ」

「どんな魔物なんだろう?」

「はっきりしないんだよねぇ。このあたりに多くいる角ウザギじゃなさそう。角ウザギより強いのは狂狼きょうろうなんだ。でも、時々でるくらいで数は多くないし」


 ルアナと紹介された短髪の少女が、モルンの質問に答えてくれる。


「そうそ。どこかから、ハグレが流れてきたのかな」


 ベッラに隠れるようにしている少女、青い目のカリーナは、じいっとモルンを見つめていた。淡い茶色の髪で大人しそうな子だ。狩りができるのだろうか。昨日もベッラから離れなかったな。


「でも……それでも……負けない……」

「カリーナのいう通り。ここの人たちが負けるはずないんだけど」

「気になるのはねぇー、黒い煙の魔物って話があることねぇー」


 僕とモルンは、サッとルアナをみた。


「黒い煙!」

「遠くから見ただけらしいけど、火が出てるのかと近づいた人が、やられたっていうのよね」

「そーそー、でも、やられるのを見ていた人は怖くて逃げて、なんなのかわからないって」

「テオ! それって」

「ああ、そうかも。……ガエタノはまだ正体不明のままだっていってた」

「狂熊なら」

「危険だ」

「狂熊? このへんじゃあ見かけないよ」

「俺なら角ウザギなんて簡単だ! 狂熊だって!」

「ビスコ、あんた、角に刺されて泣きべそかいたくせに!」

「泣いてない!」


 子どもたちがてんでに騒ぎだし、ベッラにたしなめられた。


「今の僕らじゃ勝てないね」

「あの瘴気ごと氷漬けなんて、無理ッ」

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猫師ノ工舎物語 テオとモルン 子猫の魔術師は火弾の大爆発が大好きです! ヘアズイヤー @HaresEar

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