どうしよう、魔法が使えない
……ここ、どこ? あれ?
僕は目を覚まし、まばたきを繰り返す。手を顔にやり、目やにで張り付いたまぶたをこすった。そのまま、じっと天井を見上げる。
顔にあたる温かく柔らかいものをなでる。スッとすれる耳のとがった感触が心地よい。むにゅむにゅといつまでも触っている。
「……テオ。目がさめた?」
耳もとでモルンがささやいた。
「あ……ああ……モ……モルン」
柔らかい手触りを味わいながら、しゃがれた声で答える。
「三日だよ。三日も寝てた。ノド乾かない? お腹すいてない?」
水をもらい、モルンの助けで用をたす。寝台から立ちあがる足もとはふらついていた。
モルンが宿に話して、食事を運んでもらった。病人でなにも食べてないのならと、羊乳の粥を用意してくれる。
「うっまーい! お腹ペコペコだよ!」
僕はぺろりと平らげ、何度もおかわりをした。
「ずっと、変な夢を見てたんだ。駆け回ったり、何かを狩ったような夢。……空を飛んで……」
「へぇー」
水を飲もうとして、マグカップを手にした。空だったので、僕はカップに手をかざして詠唱する。
「えっ?」
僕は、自分の手をみつめてつぶやいた。
「どうしたの?」
「カップいっぱいに水をだしたのに。水がでない」
「……もう一度やって」
再び詠唱するが、カップは空のまま。短杖を取りだして、試すがやはり空のままだった。
「だめだ! ……魔力が感じられない」
「ちょっとこれを試してみて」
モルンが明るい赤珠を渡してくれ、魔力吸収をしてみる。
いつも大きな木桶が体の中にあると思い浮かべ、魔力量を測っている。だけど、木桶には何も入らない。
「吸収できない」
モルンが前足を伸ばし肉球で僕にふれる。
その肉球から、温かいものが流れ込んできて、木桶に少し溜まったような感じがした。
「ありがとう、モルン。少し魔力がある」
僕が詠唱すると、小さく、ピチャと音がした。カップの底にほんのわずかに水がたまっている。
「でたでた。みずがでた」
「……魔力がまったくなかったのかな? ……でも、短杖を使っても、こんなにちょっとしか水がない」
「うーん、おかしいね。三日も寝てたなら、魔力は回復するはずなのにね」
「そうだね。……眠りながら……なにかに使ったのかな?」
「ずっと寝てたのに?」
その後も水魔法を試してみる。すぐに魔力がなくなり、そのたびにモルンが譲ってくれた。
「へんだね。いつもより少ししか、魔力を受け取ってもらえない」
「そうだね、なかなかもらえないなぁ。やっぱりどっか変だ」
僕は指先に火の玉をだしてみるが、とても小さく、すぐに消えてしまう。
吸収も、充填も、譲渡も満足にはできなかった。モルンからの魔力でいろいろ詠唱するが、魔法の威力が落ちていることがわかった。
「どうしようモルン! 魔法が使えない!」
「ちょっとは水がだせたよ」
「でも! でもこんなちょっとじゃ使えないと同じだ!」
「テオ、困ったね。うーん、巡回の魔術師はしばらく来ないから相談もできないね」
「魔法が使えないなんて、どうしたらいいんだ!」
「具合が悪かったせいかな? もっと良くなれば使えるのかな」
「……様子を見るしかないの? どこか広い場所で、他の魔法も試してみなきゃいけないか」
寝ていて強ばった体をほぐそうと、宿の中庭にでることにした。僕は着替えようとして、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「あれぇー! なんだこの服、肩や胸がきつくなった! おまけに袖が短い!」
「あ、ほんと服が小さくなったね」
「ズボンもだ! 腰がきつい、裾が短くなった!」
「服って縮むのかなぁ」
モルンがそう言って、ふわりと浮かんで僕の肩にのる。
「あれれ? いつもより高いよ」
「え? ちょっとまって。背が伸びた?」
「急に? ねえ、体が『ボボンッ』て大きくなる感じ? 変化? テオもかな」
「変化? 成長した? それで魔力がなくなった?」
「かもねー」
「ふうっ。……服をなんとかしなくっちゃ」
僕は服を売っている店を宿に聞いてでかけた。モルンは、眠いからと部屋に残る。
ブリ婆さんが成長を見越して裾上げしていてくれていた服もある。着られそうなものは寸歩を直してもらい、着られないものは売る。店にある中古の服をいくつか買った。
戻ってきて、僕はひとりで宿の中庭を歩き、体をほぐした。
ときおり魔法を使ってみるが、やはり威力が弱い。手にした赤珠への充填と吸収は、できないまま。
中庭の陽だまりで、この街の猫たちが僕を見ている。
アントン村やオルテッサの街では、どの猫も指を差しだすと、匂いを嗅いでくれていた。
だがここでは、みんな寄ってきてはくれない。少し背中の毛が逆だっているようなので、僕も無理には近づかないことにした。
部屋に戻ると、モルンは寝台で丸くなっている。
「体は動くみたいだよ、モルン」
「……ふぁぁ……そりゃあ良かった……ボク、あんまり寝てないから……もう休むよ」
「うん、ありがとね」
「……眠い……とっても眠い……ふぁぁぁ」
長くあくびをして、モルンは体の向きを変えて猫玉になる。
今度はモルンが、三日間眠ったまま目覚めなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます