冴えたやり方


「あら? テオじゃない。ああ、マルコね」


 マント姿のイルマが、両腕に革袋をかかえて立っていた。


「イルマ。ここに住んでるんだったね」

「ここが家よ。マルコに引っ張られてきたのね」

「ねぇ、テオ。聞いてみたら? ふたりのこと」

「そうか。イルマ、じつは……」


 モルンと僕は白猫たちの困り事を、イルマに伝える。




「はぁー。思ってたとおりなんだねぇ。確かに、イライラさせられてるよ」

「僕らはよく知らないし、大人のことに口出しするのは、よくよく考えないとだめだろうし……」

「よし! ちょっとここでお待ちっ!」



 イルマは革袋をおろすと、早足に表に向かっていった。

 しばらくして、シルヴィアを連れて中庭に戻ってきた。イルマは大声をだす。


「マルコォー! マルコォー! ここにおいで! 急ぐんだよー!」


 中庭を囲む扉から、何ごとと、老夫婦やおかみさんたち、住人が顔をみせる。

 マルコが、キョトンとした顔をして部屋からでてきた。


「どうしたイルマ?」

「あんた、ここにおいで! シルヴィア、さっきのことは間違いないね?」


 シルヴィアが、コクンとうなずく。


「マルコ。あんたシルヴィアに結婚を申しこみな! いますぐ!」

「えっ? ええっー!」

「シルヴィアのこと嫌いなのかい!」

「いや、嫌いじゃないが」

「じゃあ申しこみな。夕飯の支度があるから、いつまでもつき合っちゃいられないんだ。早くしな!」

「え、いや、それは」

「シルヴィアが好きなんだろう?」

「え、ああ、いや、それが」

「煮えきらないね! 好きなのか嫌いなのか、はっきりおし!」

「す、好き」

「なんだって? 小さな声じゃあ聞こえない!」

「お、俺は、俺はシルヴィアが好きだ!」

「よしよし! じゃあ、結婚を申しこみな!」

「いや、それは、シ、シルヴィアの気持ちも……」

「シルヴィア、あんたはマルコが嫌いかい?」

「好きです……」


 真っ赤な顔をしてシルヴィアがこたえる。


「じゃ、なんの問題もない! 申しこめ! マルコ!」

「だけど……」

「なんだい、でかい図体して意気地がないね! どーんと当たってくだけな!」


「砕けちゃうの?」


 モルンが小声で僕にきく。僕は指を唇にあてた。住人たちも固唾をのむ。



 マルコがシルヴィアを見つめて、意を決したように話しだす。


「シルヴィア。好きだ。お、俺と結婚してくれないか?」

「はい」

「よし、決まり! みんな、マルコとシルヴィアは結婚する! 異論はないね!」

「わぁっー!」


 住人たちから一斉に拍手が巻き起こった。


「やっとか!」

「ヤキモキしてたんだよっー!」

「ようやく!」

「おめでとう、シルヴィア!」

「マルコ! よくやったね!」


「だが、だが、これじゃあ、亡くなった、シルヴィアの親父さんに申し訳がない」

「なにいってんだい。あんた親父さんに『シルヴィアのことをたのむ』っていわれたんだろうが」

「だから、キチンと面倒見て、小さいころから育てたんだ。だから、だから、幸せにしてくれる、だれか若い男を……」

「はぁー。あたしにはね、病の床で『シルヴィアがマルコにふさわしい娘になるよう、よろしくたのむ』っていってたんだ。シルヴィアはなんていわれた?」

「はい。ずっとマルコについていけって。嫌われないよう、いつも笑顔でいろって」

「ほらみな!」

「いや、でも年もずいぶん上だし、俺はこんな怖い顔だし」

「まったくもう。結婚申しこんで、良い返事もらったんだ。いまさら尻込みするなんて男らしくないねぇ」

「そうだよ、マルコ。観念おし!」



 やいのやいのと住人たちがふたりを取り囲む。


「じゃあ、式は後日だけど、今夜は祝宴! お祝いだよっー!」

「わぁー!」

「やったぁー!」


 そのまま中庭で宴がはじまる。夕方になり働きに出ていた住人たちが帰宅し、口々にシルヴィアとマルコにお祝いをいう。


「やっとかよー」

「ああ、これでかみさんから愚痴を聞かされることもない!」

「お前んとこのは、小言だろうが!」


 にぎやかに夜がきて、通行人も巻きこんで祝いの宴が大きくなった。


「マルコ、ネージュが言いたかったのは、これ。シルヴィアと早く赤ちゃん作れって催促してたんだ」

「うっ!」


 モルンがマルコに伝えて、ふたりの白猫が喜びの声をあげた。


「そうそう、食事についてはね、お肉をもっと。それと塩辛すぎるってさ」

「ううっ!」




 僕とモルンが「明るい窓辺」に戻ったのは夜も遅くなってからだった。断っても呑まされ、寝台に倒れこんだ僕に、モルンがたずねる。


「ねえ、恋や結婚って、難しいビミョー、なんだよね。イルマがやったことって……そう、きっとなにか、深くて、よく考えられてたんだよね?」

「た、たぶんね」

「そうだよね。難しいんだもの。考えなしってことでは、ないんだよね?」

「無理矢理だったね。強引? 力技っていうの?」

「……かな」

「大人は……難しい」

「うん、難しい」


 ふたりでそろって大きくため息をつく。


 モルンと僕は結婚式への出席を約束させられた。

 オルテッサの街からの出発が、さらに数日伸びることとなった。

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