腕ポンポンの理由
お互いの匂いを嗅ぎあい、尻尾をふるふたりを見ながら、僕はマルコにたずねた。
「弟さん、マリスっていうんですか?」
「ああ、領都で俺と同じ、冒険者ノ工舎で働いている。イルマと俺たち兄弟でパーティーを組んでいたんだ。領都は冒険者も多いが、悪党も多い。荒っぽい街だ」
「イルマさんと?」
「あいつは俺たちの従姉妹。たくさん子どもが生まれる家族でな、双子や三つ子がおおい。食っていくために小さい頃から冒険者になる。イルマの子たちもそろそろだな」
「ここに一緒に住んでいるんですか?」
「隣にな。もう帰ってくるだろう」
盛んに鳴き交わすモルンたちを見ながら、どうということのない会話をしていたが、モルンが近寄ってきた。
「マルコ、ちょっとふたりででてくるよ」
「ネージュちゃんがなにを言いたいか、聞いてくれたのか?」
「うん。シルヴィアにも関係すること。オリアーヌにも話をきいて、確かめたいことがあるんだ」
「シルヴィアんとこのオリアーヌちゃんか? 食事のことじゃないのか」
「それもあるみたいだけどね。じゃあ行ってくるね」
しばらくしてモルンが戻ってきた。
「テオ、ちょっと一緒に来て」
「お、なんだ、俺はいいのか?」
「マルコは待ってて」
僕はモルンと一緒に中庭にでると、奥の階段にむかう。そこにはネージュよりほっそりした白猫も座っていた。
「こっちはテオ。この子はオリアーヌだよ。話はね、ふたりが関係することなんだ」
「こんにちは」
僕はほほ笑んでオリアーヌにあいさつして、モルンにたずねた。
「マルコに言えないことだったの?」
「うーん。どうしたらいいのか良くわからなかったんだよ。ふたりともね、じれったくなったんだって」
「じれったい?」
「猫と人間のちがいかなぁ。シルヴィアになかなか赤ちゃんができないから、困っているんだって」
「シルヴィアに?」
「うん。オリアーヌには、そろそろネージュの子ができるそうなんだけど。マルコとシルヴィアも、もうそろそろなのにって」
「え? シルヴィアは、マルコの奥さんなの?」
「それが、ふたりの話では、よくわからなくて。ねぇ、アントン村では一緒に住んでる夫婦に子どもができてたよね。結婚っていうんでしょ? そこが猫たちには理解できないらしいんだよ」
「ここで一緒に住んで、夫婦じゃないのかな」
「うん。毎晩シルヴィアがオリアーヌに聞くんだって。『マルコは私を好き? いつお嫁さんにしてくれるのかしら?』って」
「え?」
「でね、ネージュがいうには、マルコも似たようなことを毎晩いうんだって。『俺はシルヴィアが好きだ。だが、いや、俺はかなり年上だし、みんなが怖がる醜男だ。それはわかってるんだ……シルヴィアは俺を好いてくれるか……』って」
僕は白猫たちを見て腕をくむ。
「うーん」
「ネージュたちは、ふたりがお互いに好きあってることを知ってるんだよ。だから毎日、早く赤ん坊を作れって言ってるんだって。でも、わかってくれないって」
「腕ポンポンは、それか。ふたりに教えてあげればいいのかな。……キアーラが恋や結婚ってなかなか難しいって言ってたよね。とてもビミョーな話らしいよね。人を好きになるってどういうこと? 人を好きになるってなんなんだろう?」
「そうだねぇ。パエーゼも、村の娘さんたちには要注意っていってた。猫ならカンタン。季節が来たら唄を歌うだけ。で、いつも一緒にいればいい。人間は難しい……あれ? なんか、ボクは、奥さんがいたことがある? テオからもらった記憶?」
「……あるね。うん、難しいっておぼえもあるなあ」
「どうしたらいいかな。マルコに教えていいのかな?」
僕とモルン、ネージュ、オリアーヌ。みんなで階段に腰掛けて、ムムムッと悩んでいたんだ。
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