領都の嫌われもの
僕たちは、マルコと一緒に冒険者ノ工舎をでた。
「ふむ。今日は、猫が多いな。ふーむ、よその子もいる」
マルコは「ここにはキジトラ、あそこには黒猫」と、どこにどんな猫がいるか、モルンに説明してくれる。
「あら。マルコ、今日は早いんですね」
十分ほど歩いたところで、若い女性から声がかけられた。通り沿いの店先で、重そうな木箱を、きゃしゃな体で引きずって運んでいる。
「シルヴィア、もつ」
マルコが駆けより、ぶっきら棒に声をかけて、ひょいと木箱をかついだ。
「大丈夫よ。私でも運べます」
「布は重い。店か? ウラか?」
「もう、大丈夫だって言ってるのに。じゃあ、なかにお願い」
無言で開かれたままの扉から木箱を運びいれる。マルコは長身を屈め、体を横にして入るが、戸につっかえそうになる。
シルヴィアはニッコリ笑って木箱をマルコに任せ、表に積んである布や糸巻の入った籠を手にした。
「これも運ぶんですか? お手伝いします」
僕はシルヴィアに近づき声をかける。
「あなた、マルコのお知り合い?」
「ええ、テオといいます」
「ボクはモルン」
肩の上のモルンが前足を上げてニギニギする。
「えっ?」
「うん、話せるんだよボク」
「じゃあ、あなたが街で噂になってる猫ね。私はシルヴィア、よろしくね」
僕が籠を持って店に入ろうとすると、男の声が聞こえてきた。
「おいおい。こんな田舎にも、いい娘がいるんじゃないか。おまえ、ちょっとこっちにきな」
声をかけてきた男は、首には貴石のペンダントをジャラジャラとさげていた。
この街ではあまり見かけない、ひらひらと装飾された服を着ている。長身で若く、整った顔だが、冷たい笑みを浮かべていた。
足早に近寄ってきて、籠を持つシルヴィアの腕をつかんだ。
「あっ!」
「一緒にこい」
強く引かれたシルヴィアの手から籠が落ち、中のものが道に広がった。
「おい、なにをする!」
僕が強い声をだしたが、男は見向きもしない。
「ファ、ファビオ様、まずいです。その娘は」
連れの男がファビオに声をかける。
「おい、お前! その手を離せ!」
シルヴィアをつかんでいる手首を、僕はギュッとにぎった。
「ぐっ? あいてててっ!」
男はシルヴィアを離した。僕は踏み込んで体をよせ、相手を突き飛ばす。
「うわ! クッ! このガキ!」
その時、店の戸口からヌオォッと大きな人影があらわれた。
「へっ? うぉ! マリスかっ!」
マルコは、腕をさすっているシルヴィアと道の籠、僕たちの様子から、起きたことをみてとったみたい。
「なんだ、おまえ。だれだ?」
地の底から響くような迫力のある低音で、マルコがたずねた。
「ファビオ様!」
「くそ! なんでお前がここにいる!」
「俺をマリスと呼んだか。領都の人間だな。シルヴィアになにをした」
「ファビオ様、こいつは冒険者ノ工舎のマルコです! まずいです! 行きましょう!」
「マルコ? マリスじゃないのか?」
「行きましょう!」
連れに急かされファビオが後ずさる。
「シルヴィア、怪我はないか?」
「はい」
「おい、おまえ。オルテッサの娘に手をだしたら、俺が許さん」
すごむ声に、ファビオと連れが逃げていった。
「……ファビオ? マリスを知っている? ああ、あいつの息子か?」
「マルコ、知ってる人だったの?」
モルンの問いに苦笑いして答えた。
「ああ、たぶん、領都の鼻つまみ者だろう。弟から聞いたことがある。さて、こいつも運んでおこう」
みんなで、道に散らばった荷物と籠を店に運びこむ。マルコは重そうな木箱を肩にのせたまま、きびきびと動いているシルヴィアに注意をはらう。その目は、とても優しかった。
「モルン、俺の家はこの裏だ。イルマ一家も住んでいる」
店の裏口を通って、モルンと僕は中庭にでた。
ぐるりと低い建物が取り囲み、炊事場と洗濯物を干す広い場所になっている。建物からはいくつもの階段がのび、扉がみな開け放たれている。
「ここはシルヴィアが家主でな、俺たちは間借り人だ」
店に一番近い扉から、マルコの部屋に入った。
「ネージュちゃん! ネージュちゃん!」
野太い声に似合わない口調で、声がかけられた。
奥の部屋から、スラリとした肢体の猫が優雅に歩いてくる。白く輝く毛なみ、表情豊かな尻尾をしている。
モルンは僕の肩から飛びおりた。ふたりは見つめ合い、ゆっくりと近づいていった。
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