話が、止まらない


 マルコに買取場のカウンターに案内された。


「イルマ! いるか!」

「耳は遠くないんだ! 大声だすな!」


 マルコの声に、カウンター奥の倉庫から体格のいい女性が出てきた。

 血で汚れた革の前掛けを押しあげている双丘が目を引く。肩幅は広いが均整の取れた筋肉質の体つき、赤い髪を引っ詰めにした、整った美貌の女性。


「モルンがな、買い取りの狂猪を持っている」


 イルマが、僕にむかって優しく聞いてくれる。


「へぇー、マルコが名を呼ぶなんて珍しいね。で、モルン、狂猪はどこにあるんだい。荷馬車はまだ表かい?」

「ええと、僕はモルンじゃなくてテオです。モルンはこの子」


 僕が肩の上、前足を上げて肉球をニギニギしているモルンを指さした。


「その小僧はモルンじゃねえ。お、悪い、ちゃんとした魔術師だったな。えーと、名は確かテ、テ? テなんとかだ」


 イルマがため息をついた。


「あんたはホント、人の名は覚えないね。で、こっちの少年がテオ、肩の子猫がモルンであってるかい?」

「うん、そうだよ。ボクがモルンで、こっちがテオ」


 イルマは「え?」という顔のまま固まった。


「ははは、驚いたろ? モルンは言葉が話せる、素晴らしい猫なんだ」


 マルコが、腕組して偉そうな表情になる。


「まったく。精霊猫かなにかなんだろう? それよりも狂猪だよ」


 僕があたりを見まわし、綺麗に掃除されている台に手をおいた。


「この台の上にだします? あ、内臓が別なんです。台が血で汚れるかも。大きな木桶はありませんか?」


 腰から革袋をはずして、手に持ってふる。


「袋? なかに? ……魔法の袋?」

「なに、魔法の袋を持ってるのか?」


 マルコとイルマが驚く。


「イルマ、モルンはカロリーネんとこの、魔術師だ。だが、危ねえな、良からぬ考えをおこして、狙うやつがでてくる」


 モルンが、ヒゲのあたりをムフッと膨らます。


「もう、テオが襲われた。大変だったんだから」

「モルンありがとね。それからは注意してますよ」


 マルコとイルマは肩をすくめた。



 僕がイルマの指示で狂猪をだし、赤珠もおいた。


「ふん。魔術師か。赤珠の取り扱いは訓練を受けてるね。きれいに取りだしてる。これなら良い値がつくだろう。毛皮、内蔵、肉の取り方も訓練されてる」

「赤珠以外は、いっしょに来た冒険者の方がやってくれました」

「そうかい、そうかい。じゃ、これが預り証。表で金を受け取りな。討伐証明も出しとくよ」


 イルマが毛皮をあらためる。


「テオ、こいつはあんたが倒したんだね? 冒険者がいっしょに狩ったら、自分の権利を主張するからね」

「そうです。モルンと協力して、です。攻撃は僕がしました」

「あんた、いい腕してるよ。額の正面の傷、こいつが致命傷だけど、他に攻撃の痕がない。解体のだけだ」

「ふたりはガエタノの弟子だそうだ。やつは噂より善人らしい」


 イルマは信じられないという顔をしていた。




 マルコと一緒に表に戻り、受付カウンターの端、外から様子が見えないように衝立で囲われたところに案内される。


「ここで待て。呼ばれたら、さっきの預り証と金を交換だ」


 そう教えてくれたが、まだ、何か言いたそうにしている。


「なあ、モルン。オルテッサの街には、まだしばらくいるのか?」

「うん、もう何日かはいるよ」

「き、今日は、まだ時間があるか? じ、実は少し話したいこと、いや、頼みたいことがあるんだが」

「いいよー」

「じゃあ、金をもらったら、俺の所に寄ってくれ。たのむ」




 狂猪の代金を受け取り、受付カウンターにいくと、こちら側でマルコが待っていた。


「じゃあ、後は頼んだぞ。モルン、ついてきてくれ」


 職員に声をかけて、入口近くのテーブルに腰かけた。

 マルコが席につくなり、勢いこんでモルンに話しかけた。


「な、なあ、モルン、ちょっと教えてもらいたいんだが」


 テーブルに座ったモルンは、小首をかしげて返事をする。


「なあに?」

「猫は人間の言葉を話せないが、猫同士では話ができるのか?」

「もちろん。ボクらはいつもおしゃべりしてるよ」

「そうなのか。いやウチのネージュちゃんがな、最近なにか話しかけてくるんだ。前足で腕をポンポンして、俺の顔を見て鳴くんだ。けどわかってやれなくてな。モルン、ネージュちゃんの話を聞いて、何がいいたいのか教えてくれないか?」

「ネージュちゃん? マルコのとこにも猫がいるんだね。この匂いは男の人だね。いいよ、お安い御用」

「恩に着るよ。いやそれがな、食事のことじゃないかと、いろいろ変えてみてるんだが……」


 ネージュちゃんの食事の話から、いかに凛々しく、美しい毛並みと尻尾をしていて、そこらの猫より賢いと、終わりそうになかった。

 隣のテーブルについていた冒険者たちが、同情した顔で僕を見ていた。



「じゃあモルン、済まないが俺んとこに一緒にきてくれ」

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