厳めしいマルコ


 モルンは空いてるテーブルにぴょんと飛びおり、僕は椅子に腰かけた。


「ね、いい人だったでしょ」

「うん、ちょっと怖そうだけどね。もっと素直に、か。モルンはモルンでいいんだな」

「ねえ、ボクって『成長の遅い種族』なの? ミーアかあさんは普通の白猫だよね?」

「え? ああ、あれは嘘。そのほうが話がはやそうだったからね」

「テオ。テオ。嘘はダメだって。ブリ婆さんにも言われてるでしょ」

「うん。でもモルンが特別なのを、いろいろ説明しなくちゃならなくなるからね。だから『普通の猫とちがう種族』っていう方が納得してもらえるかなって」

「マルコにもいわれたし、自分でもいまいったじゃない、もっと素直でいいって。素直って正直ってことだよね」

「そ、そうだね」

「人間の言葉で、猫が理解できないのは『嘘』だよ。猫にはないことだから想像もできないんだ。ボクにはテオからわけてもらった知識があるけどね」

「そうか、猫は嘘をつかないのか」

「必要ないからね」


 僕はモルンを見て考えこむ。


「でも、でも、モルンって子猫になったり、若猫になったりするよね。ベッティやコラリーたちを驚かせてふざけてた。それは正直なの?」


 僕を見るモルンの瞳孔が、大きく開き、口が半開きになった。


「あっ……ボク、ボク……ああ……ボクは汚れてしまった……嘘をつかない猫じゃなくなったんだ」

「モルン、モルン。嘘も場合によるんじゃないかと思うよ。あまり厳密にしてしまうと、みんなに『きれーなおねーさん』って言えなくなってしまうよ」

「ボクは」

「それに小さくても大きくてもモルンだから、嘘じゃないし。それでいいんじゃないかと思うよ。みんなが笑顔になればね」




 ドンドンと重そうな足音がして、マルコがテーブルまでやってきた。ドガッと椅子に腰を下ろすと、モルンをしばらく見ていた。


「コホン。これがモルンの冒険者証だ」


 テーブルの上に、二枚の小さな木札を置いた。片側に穴が開けられ細い革紐が通されている。


「ありがとう、マルコ」


 モルンの言葉を聞いて、マルコが動かなくなる。赤みがみるみる首から額へと広がる。


「も、もう、もう一回言ってくれ」


 キョトンとしたモルンが、小首をかしげて繰り返す。


「ありがとうね、マルコ」


 モルンを見つめるマルコの両目から、涙が滝のように流れだした。


「いいっ! いいっ! 子猫に、俺の名前を呼んでもらえるなんて! なんという感激! なんという快感!」


 モルンは何度も名前を呼ばされ、マルコが落ち着きを取り戻すまで時間がかかった。まわりの冒険者たちはビミョーな顔をしている。



「コホン。モルン、冒険者の仕事は魔物を狩ることだ。狩ったら、それぞれ指定の討伐部位を工舎に提出して報酬を受けとる。魔物によっては毛皮や骨、内蔵など買いとるものもある。それとこれが一番重要だ。魔力胞は必ず持って帰れ。だいたい心ノ臓あたりに嚢胞があり、中には赤珠が入っているかもしれん。赤珠を目当てに狩るんだ」


 一気にしゃべったマルコが息つぎをする。


「……だが、相手は魔物だ。モルンなら角ネズミあたりが安全だろう。角ネズミの赤珠はごく小さい。見逃さないよう体ごと持ちこめばいい」

「ネズミ?」

「そうだ。そのくらいがちょうどいい」

「マルコさん、他に知っておくべきことはありますか? 禁止事項とか、階級とか」


 僕が、モルンが話すまえに質問する。


「マルコでいい。普通に法を守れ。階級はあるがあまり意味はない。魔物の強さによって、狩猟依頼が受けられなかったりするくらいだ。だが、それも実際に強い魔物に出会ってしまったらおしまいだ。階級証を見て、襲うのをやめてはくれんからな」

「強い魔物か」


 僕はモルンと顔を見あわせる。


「ねえ、マルコ。狂猪って強いの?」

「狂猪か。強いな。見たら逃げろ。冒険者が五人くらいで狩るやつだからな。それも魔術師、まあ魔術師ノ補になれなかった奴らがいてだ。魔術師がいなけりゃ十人は必要だ」

「じゃあ、一撃で倒したら? かなり上の階級?」

「一撃か? まあ、金か銀ならできるかな。一番上と二番目だな。魔術師ノ工舎の銀よりは下だがな」

「へー、意外と強かったんだ、狂猪。ボクらの師は、狂熊を一撃で氷漬けにしたね。金ノ魔術師だものね」


 モルンの言葉に、二人はうなずきあう。


「金ノ魔術師? 狂熊を氷漬け? 誰かそんなやつの話を、聞いた。……ガエタノ……ひょっとして、モルンはガエタノの?」

「うん、ボクらはガエタノの弟子なんだよ」


 それを聞いたマルコが、モルンの方に身を乗りだし、焦った声をあげる。


「ひどい目にあわなかったか! 怪我などさせられてないだろうな!」

「え?」


 マルコの勢いにモルンがのけぞった。


「俺は会ったことはないが、評判は聞いている。恐ろしく強くて、冷酷、冷徹、悪逆非道。意地の悪い小鬼と一緒に暮らしている」

「……」

「そうお? 優しい師だよ。それに小鬼なんかと暮らしてないよ、ね。うん? あ、テオかな? 小鬼ってテオ?」

「え?」


 マルコが驚いて僕をみる。


「モルンに出会う前は、かなりの悪ガキだったから。マルコ、ガエタノは確かに強くて、きびしい師です」

「うん。だけど、いつも猫たちや村人のことを思いやってくれる優しい師だよ」

「……そうか。まあ人の噂を真に受けた俺が悪いか。一緒に暮らしていたモルンがそういうのなら、優しいのだろうな」


 マルコは背をそらし、腕組みをして、モルンを見つめた。


「マルコ、売りたいものがあるんだけど。狂猪があるんだ。肉はみんなで食べちゃったけど、赤珠と内蔵や毛皮なんかがあるよ」

「わかった。裏に買取場がある。建物横の馬車の入口から奥にいけばわかる。ちょっと待ってくれたら、俺が一緒にいってやる」

「マルコ、ありがとう」


 モルンの声に、ふたたび眉間のシワが深くなり、口の両端があがる。

 まわりは引きつった顔で、いっぱいになった。

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