お節介な尻尾
兼業は珍しい
通りに面して開け放してある扉を、モルンを肩にのせて、僕は入っていく。
僕らは冒険者ノ工舎にやってきていた。
なかは椅子とテーブルがならべられ、食事を出す飲食店のよう。
実際、壁際には厨房につながる簡単なカウンターがあり、料理や飲み物を受け取る人が大きな声で話をしている。
テーブルのならびの中央は通れるように開けられている。その突き当りにもカウンターがあるが、こちらは少し高く頑丈に作られていた。
正面カウンターの両脇には、揃いの黒い革鎧に身を包んだ男女が、入口の方をむいて立っている。
カウンターには色も形もさまざまで傷だらけの革鎧姿が、数人列を作っていた。
あらためて見まわすと、食事をしている者も飲み物を飲んでいる者も、男女の別なく血のにじんだボロ布を巻いていたり、腕をつっていたりしている。怪我をしていない姿のほうが少ない。
僕は正面のカウンターの列にならび順番を待つ。すれちがう人のなかには、肩のモルンを物珍しそうに見ている者がいた。
「やっぱり変じゃない? この格好」
「背負袋かい? そうかなぁ。コラリーも愛らしいと喜んでいたじゃない」
「慣れるしかないのか。ボクが動くたびにこのフクちゃんも動くからなぁ」
「フクちゃん? それってその背負袋のこと?」
「うん。フクちゃん。名前をつけてあげたんだ」
僕たちの順番になって、待ち受ける岩山のような中年男性にむかって進んだ。
赤く長い髪をひとつにしばり、袖なしのシャツから出ている鍛えられた上腕は、僕の太ももほどもある。
つりあがった眉の下、無表情の目を何度かまばたいて、肩にいるモルンをギロギロとにらむ。眉間のシワが深くなる。
「……小僧、見ない顔だな」
僕をちらりと見て、低く太い声がかけられる。
「また、『小僧』だね。もうテオって名前は変えたらどうかな?」
僕はモルンの声を無視して答えた。
「ええ、この街には数日前に来たんです。冒険者の登録と買い取りをお願いしたいのです。初めて登録するんです」
「……いま、その子猫が、ほんとにしゃべったのか?」
筋肉男は僕の話を聞き流し、眉間のシワがさらに深くなった。
「うん、ボクは話せるんだよ、おにーさん」
「なんて名だ?」
「ボクはモルンだよ」
「モルン。そうか。話せる子猫……俺はマルコだ。よろしくな。よし、登録と買い取りだな。そっちの机に記入する板がある。必要なことを書け。書いたらもう一度ここに来い。他の窓口にはいくな。読み書きできなければ代筆屋に頼め。隣の商会でやってくれる。登録費用は前払いで大銅貨五枚だ」
「はい、分かりました。ではこれを」
僕は二人分の登録費用を支払う。マルコは硬貨を見もせずに受けとった。その視線はずっとモルンに注がれている。
「うむ。……モルンか」
マルコは机にむかう僕とモルンを凝視し、口の両端だけをキュウッとあげる。次の順番を待っていた冒険者が、その顔にブルルッと身体を震わせた。
見本が机に釘付けにされている。別に重ねておかれた薄い板に、名前、年齢、住所、使える武器や武術などを記入していく。
「え?」
うしろを通りかかった者が、文字を書いているモルンを見て驚いていた。
「書き終わったかい?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、一緒にだそう。……武器……爪? 尻尾? 確かにそうだけど。あの怖そうなマルコ、さん? に怒られないかな?」
「大丈夫だよ。あのおにーさん、猫が好きだから」
「わかるの?」
「猫にはね。ボクらの本能かな。猫好きの人はひと目でわかるんだ。近寄っていい人と逃げたほうがいい人がね」
「へぇー」
「猫好きに悪い人はいないよ」
記入した板を持ってカウンターのマルコのところへいく。
「書けました。これで登録をお願いします」
「うむ。……モルンも登録するんだろ? 二人分の費用だったからな。きちんと書けてるか?」
「いいんですか? ……猫ですが」
「構わん。ふん、テオというんだな、今まで猫だからと、モルンをないがしろにされて来たか? うがち過ぎはよくない。もっと素直にな。全てはあるがままでいいんだ。たとえ猫でも、犬でも、魔物を狩ってくれれば文句はない」
「はい」
「十三歳に三歳。三歳だぁ? おい、生まれてまだ三カ月ぐらいだろう?」
マルコはモルンにたずねた。
「ほらね、テオ。ボクらのこと、よくわかってくれてる人でしょ?」
「そうだね。モルンは三歳です。えーと、成長が遅い種族なんです」
「成長が遅い種族? 聞いたことがないが、猫なら、何でもあり得るな。住んでるのは……『明るい窓辺』だぁ? 高級宿のか?」
「高級宿かどうかは、わかりません。家以外で初めて泊まる宿です」
「あそこは……」
そう言ってマルコは、のしかかるように立ち上がり、あらためて僕を頭から足元までよくみる。
「初登録は、普通はあまり育ちのよくない小僧が多いが。その革帯のは短杖だな。剣の手入れもいい。徒弟じゃないな。魔術修学士か?」
「魔術師ノ弟子です。ふたりとも」
「魔術師ノ弟子? どこかで聞いたことがあるような? あそこに泊まってるってことは魔術師ノ工舎の人間か?」
「ええ、そうです。なにかまずいでしょうか?」
「そう、先回りするな、もっと素直でいいんだ。ふむ、ほんとの魔術師は冒険者ノ工舎と兼業しないんだが。ダメだってことはないしな。よし、これで冒険者証を作ってやる。モルン、向こうのテーブルで待ってろ」
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