助力のお礼
モルンが、治療院のコラリーに事の次第を報告する。
コラリーは魔術師ノ工舎全員をおこし、オルテッサの警備隊に連絡してくれた。
空が白む頃。
僕はカロリーネとコラリーたちが来るのを待って、男たちの氷の槍、氷の針を溶かす。
カロリーネが簡単な血止めを施した。警備隊がグスター、ヴェン、男たちを連行していった。
針山にされた男は、立ち上がることができず、視線も定まらず、ずっと体を震わせている。
ヴェンは、その男が僕の腕を踏み折った男だ、と教えてくれた。
「ヴェン」
「いいんだ、テオ。とうさんのしたこと全部正直に話すよ。迷惑をかけて、ごめん」
治療院の病室に戻るまで、カロリーネも、目にいっぱい涙を溜めたコラリーも、僕とモルンを責める言葉を一言も発しなかった。
病室で治癒師が僕の状態を確認し、どこにも異常はないと報告する。
「テオの顔色が悪いわ。魔力は? 魔法を使ったようなの。魔力切れの心配は?」
治癒師は、その兆候はないと首を横にふる。
治癒師が病室をでていった。カロリーネが僕とモルンを見つめ、しばらくして口を開いた。
「階級の差があるから、あなたの、あなたたちの行動には口をだせません。ですが、ですが、年長者としてなら話せます! 無茶はしないで!」
「ごめんなさい」
僕とモルンは、素直にあやまった。
「テオ、さっきは詠唱してなかったね」
天井を見つめている僕の枕元で、香箱座りのモルンが小声をだした。コラリーはそばの長椅子にいてくれてるが、コックリコックリ舟を漕ぎだしている。
「詠唱を……しなかった? うん、しなかった。とっさに『モルンの毛、硬く』と、そう思っただけだ」
「気分が悪くなったのは詠唱しなかったからかな?」
「ううん、ちがう」
僕はすぐには声を出せなかった。
「……村ではみんなをいじめた……でも、血を流すほど……誰かを傷つけたことはなかった」
「血がイヤだった?」
「そうじゃないんだ。今までも……腑分けや……家畜の解体は村で手伝ってきた。キアーラの野営訓練で……角ウサギや四つ目タヌキを……殺した。……僕はあの狂猪を……殺した。命を奪った。でも……」
モルンは静かに次の言葉を待つ。
「自分が……誰か……人に……あんなに血を流させたことはなかった。あの男たちを傷つけた……苦痛を与えた」
「うん」
「いやな気持なんだ。魔物でも、人でも、傷つけたり、殺したりするのは」
「ふぅー。ボクは村でネズミや小鳥を狩って食べるよ。テオからもらったからかな、理解できるよ。人間にはそういう悩みがあるって」
「人間?」
「うん、猫にはそんな悩みや迷いはないんだ。生き物を狩って食べる。当たり前のこと。猫同士の縄張り争いで、死んでしまうこともある。でも、あの男たちのように、盗みのために、同族を殺そうとすることはないんだ」
「……わかるよ。わかる。僕のなかに、猫がいる。人も、大人もいる。もう分かれてないけどね。たぶん……テオ……だと思う」
「うん、テオは、本当は優しい子なんだ」
「……善いこと、悪いこと。違いはなんだろう? 奪われたものを取り返すのに、相手を傷つけた。それは悪いこと?」
「……」
「グスターを憎いと思った。懲らしめたいと思った。悪いことなのかな?」
「僕らが一緒になったものからは……その問いには、答えがないってわかるよ、テオ」
「……そうだね。答えはない。わかる、わかってる。でもいやな気持なのは変わらない」
「うん。ボクはもう猫じゃないのかもしれないよ。テオの気持ちが理解できるってのは」
「……」
「詠唱なしで魔法を使う。空を飛んだり、大きさをかえたりも魔法だね。詠唱はしてない。テオもできたんだね。やっぱりテオは特別だね。ボクらは特別なんだ」
モルンが、前足で僕を軽く、優しく、ポン、ポンと叩いてくれる。僕はいつの間にかまぶたを閉じて、落ちていこうとしていた。
「ボクがいるよ。いつもそばに」
目を覚ますと、カロリーネと治癒師が病室に来ていた。僕の様子を確かめて治癒師は退室した。
「テオ、ボク、お願いがあるんだけど」
「モルン、助けてくれたお礼なら考えてみるよ。何か希望があれば」
「ボクじゃなくてね。協力してくれた猫たちになんだ。テオが怪我したのを教えてくれた。ヴェンたちを探して、見張っていてくれた。いろいろと助けてくれた」
「そうだね。彼らにお礼しなくちゃね。うーん、羊肉がいいかな?」
「うん!」
「カロリーネ、僕らは警備隊から、事情を聞かれるかな?」
「そうね、そうなるわ。今日出発って言ってたけれど、それは無理ね。しばらくいてもらうことになるわね」
隣で、目の下にクマを作ったコラリーがニッコリする。
「そうか。ねぇコラリー、どこかで羊のお肉が手に入らないかな?」
「羊のお肉? それなら近くに肉屋があるわ」
「肉屋? 肉屋ってなに?」
「肉を売っているお店よ。たぶんあると思うわ」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、このオルテッサじゅうの猫たちにお礼だね、モルン?」
「うん、全ての主さんに助けと協力を求めたからね。街じゅうの猫たちにご馳走しないと」
「街じゅうの猫たちに? そ、それって肉屋じゃなくて、市場で何頭も手に入れないといけないってこと?」
「それと、生肉じゃなくて、ゆでて、食べやすい大きさにもしないとね」
モルンの笑顔に、コラリーもカロリーネも目を点にしていた。
猫たちへのお礼を済ますのに五日ほどかかった。
その間に警備隊に呼ばれて、事情聴取を受け、街ノ長の裁判が行われた。
グスターは、領主であるオルランド辺境伯とつながりをもつ。商会も領都フィエルにあるため、ヴェンとともにフィエルへと護送されていった。
残りの男たちは、犯罪奴隷として売られることになった。
針山にされた男は精神に異常をきたした。
治癒師の話では、手足がとても脆くなっている。無理に動かせばすぐに骨折したり、四肢が欠落して、肉体労働はできないだろうとのことだった。
猫たちのお礼には、魔術師ノ工舎と、街の悪党を処分できた警備隊が協力してくれた。僕も主たちと猫たちにあいさつをする。
それから街をでるまで、僕とモルンのまわりには、必ず猫たちの姿があった。
「テオに何かあったら、また助けてご馳走をもらおうと思ってるんだって」
「それって、また襲われるってこと?」
「うん。猫たちには、どうもテオが、ウカツでミジュクな子猫に見えてるらしいよ」
「子猫? そんな」
「ねー。でも大丈夫。ボクがついててあげるからね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます