氷の魔法


 男たちのあわてた様子を見ていた僕とモルンは、手と前足を打ちあった。


 僕はモルンが忍び込んで取り戻した魔法の袋から、赤珠を取り出して魔力を補充した。続いて短杖と剣、手甲鉤を取りだし、倉庫の入り口に駆けだす。


 モルンが走りながら僕に伝えてくる。


「ヴェンとグスターには『必ず助ける。騒がないように』って耳打ちしてきた」

「急がないと殺されてしまいそうだね」

「うん。あんなの、殺されても文句はいえないけど……」

「ヴェンは止めようとしてくれたからね」


 物が積まれた倉庫をぬけ、男たちの声が聞こえる奥まった小部屋の前で止まった。



「そいつら殺っちまえ。金目のものだけ持っていこうぜ」

「いや、待て。金はあったが、まだ荷馬車に赤珠ぐらい積んでるだろう」

「そんな事している暇は」


 小部屋の戸を僕は勢いよく蹴り開けた。男たちの視線が向けられると、暗がりからモルンが進んでいく。


「やあ、皆さん。こんばんは」


 小部屋からの明かりに照らされ、二本足で立っているモルンの手甲鉤が、ギラリと光った。


「え?」

「こんばんは。さっきはあいさつもしませんでしたね」


 モルンのうしろから病人用の貫頭衣姿だが、右手に抜き身の剣、左手に短杖を構えた僕が入っていく。


「さっきのガキ?」

「はい。お礼に来ました」


 構えた短杖から、きらめく光が打ちだされ、僕の前にいる男の靴、両足の甲が床に縫い留められる。前腕ほどの長さの、氷の槍だった。


「ぎゃ!」


 素早く横に動いた僕が、ふたたび短杖を突きつける。


「もっと細く!」


 次の男は、靴の甲に指の太さほどの氷の槍が刺さる。

 モルンが僕とは反対側に動き、抜かれた剣を手甲鉤で跳ねあげ、氷の槍を男の足に打ちだした。


 男たち全員が、悲鳴をあげる。


「ねえ、テオ。この槍って、けっこう役にたつね」

「そうだね。ルーベンが漁具の手入れに使うスパイキくらいかな、太さは。もっと細くしてもいいかもね。こんなふうに」


 痛みをこらえて剣を抜こうとした男の手を、握った柄ごと数本の氷の槍が突き刺す。


「ギャァー!」

「ね? このほうがよくない?」

「いいねぇ。ボクの毛ぐらいでもいけるかなぁ?」

「うん。ただ、結構硬くしないと。すぐ折られちゃうかもね」

「じゃあ、ちょっと実験しようよ。全員の手を的にしてね」

「ぐぅー、小僧!」


 手を血だらけにした男がうなる。


「ふー、また小僧か。ガキか小僧しかないの? 芸のないことで。ああ、忘れてた、ヴェン」


 僕とモルンはヴェンとグスターの縛めをとき、猿ぐつわをはずした。


「……テオ」

「ひどく殴られたね。歯、折れてない?」

「ごめん、テオ」

「ヴェンは止めようとしてくれたね。もうろうとしてたけど、憶えているよ」

「ごめん、とうさんのこと、ごめん」


 腫れあがった目から涙を流して、ヴェンがあやまった。切れた眉と鼻、口の端に血の跡がついている。


「ヴェン。僕はすべきことをしなくてはならない。師の教え通りに。グスター、あなたをこの街の警備隊に突きだします。魔術師に手をだして、ただで済むと思われては困るんだ」


 グスターは座りこんで、うつむいたままだった。


「テオにひどい事したのは許せない。グスター、ボクはおまえの生皮をはいで、バラバラの細切れにしたいんだ。テオは優しいから警備隊に突きだすだけで済むんだ」


 モルンが手甲鉤をグスターに突きつけ、静かな声をだす。


「モルン。でも、突きだした後にどんな罰を受けるのかは、わからない。ガエタノが、師が、言っていたよね。死ぬ苦しみは一瞬で、罰としては軽い。一生背負い続ける罰で、長く苦しませるべきだって」

「テオ! うしろ!」


 ヴェンの叫び声に振りむいたふたりに、氷の槍から抜け出した男が、剣を突きだして突進してくる。


「ぐっ!」


 僕は短杖を構える暇もなかった。

 間に合わない! モルンの毛! 硬く!


「がぁぁー!」


 突進の途中で男が、壮絶な悲鳴をあげる。

 目を見開き、大きく口を開けた男の、剣を持つ手、持たない手、両腕全体、体、顔、両方の太もも、すね、ふくらはぎ、足の甲。細い細い氷の棘が、まるで体から生えたように、針山のようになっている。

 痛みに耐えかねて、床に倒れ込んだが、それがさらに針を動かす。


「あがぁ! げぼぁー! あがッ! あッ! あッ!」


 転げまわることも、痛い所を手で押えることもできず、口から涎と泡を垂れ流したまま動けなくなる。

 他の男たちも氷の槍から抜けだそうとしていたが、恐怖の色を浮かべて立ちすくむ。


「……テオ?」


 僕もまた、床の男を見おろして、口を開けたまま動けなくなった。


「テオ!」

「ああ、僕? 僕が?」

「うん、テオがやったんだよ」


 僕はモルンを見て、ふたたび床の男に視線を落とす。


「ぐっ!」


 男たちは氷の槍に貫かれ、手と足から血を流してうめき声をだしている。針山の男は全身から血を吹きだし、大きく目を見開いたまま動かない。


「ぐぇぇぇー!」


 僕は、吐いた。

 胃に物が入っておらず、苦い胃液だけがでる。胸が焼け、息がつけない。だが、嘔吐が止まらない。

 血が、あんなに血が。


「テオ!」

「ゲボッ、ゲボッ、ぐぇぇ……」

「どうした!」

「だ、大丈夫……血が……苦痛が……僕が……やった……」


 ふるえ、涙を流し、なにも出ない嘔吐を続ける。


「テオ」

「……モルン、病室のコラリーに……報告してきて。警備隊を呼んでもらって」

「テオ」

「僕はもう……大丈夫……だから」


 僕は拳で口のまわりを拭い、モルンを送りだした。

 入れ替わりに猫たちが入ってきて、身悶えしている男たちの前に腰をおろした。

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