夜の闇に
倉庫の入り口の男は、ブツブツと独り言をもらしていた。
「くそっ、街をでていきたくねぇ。くそっ、ついてねぇ。あんな小僧、殺っちまってもかまわねえだろうに。あの女とまだしてねえのによぉ。いまからいくか?」
男はふと目の前に何かがいることに気がついて、体を緊張させる。腰の剣を抜こうと柄に手をおいた。
「なんだ?」
カンテラの明かりが照らす地面の近くに、光る眼の猫が一匹座っていた。猫は微動だにせず、光る眼でじっと見張りの男を見つめている。鳴きもしない。
「ちっ、猫か」
緊張をといて、体の力を抜いた。
すると別の猫が歩いてきて、明かりの中にはいった。先に座っていた猫と同じ様に男を見つめる。光る眼が四つになった。
また猫が歩いてくる。今度は、二匹が左右から同時に明かりに入ってきた。二匹は男を中心に弧を描くように座って、光る眼を男に向ける。
「ああぁん?」
男は、不思議そうに猫たちをみたが、明かりの外側に
次々と猫が明かりの中に歩いてきて、男に視線をむけたまま、他の猫と同じ様に腰をおろした。倉庫の前の道いっぱいに猫が座り、光る眼で男をじっと見ている。
「あ、小僧の時も猫が! ぐっ! な、なんなんだ、こりゃ」
男は自分が声を出したことに気がつかないまま、入り口の扉にじりっじりっと寄っていく。
男が入り口に近づくにつれ、座っている猫たちの後ろから、さらに猫が歩みでて、男をかこむ半円がちぢまる。
男が不気味に感じたのは、何十もの猫が一声も鳴かないことだった。ただ、じいっと自分を、光る眼で見つめている。
「ひ、ひぃ」
男はもたもたと扉を開け、引けた腰で倉庫に転がりこんだ。
しばらくして、倉庫の中から声が近づいてくる。
「猫ごときに!」
そう怒鳴る声とともに、一人の男が外にでてきた。
「絶対、変だ! あんなに猫が! おかしい!」
最初にいた男が答えて、あとに続いて扉を抜けたとたん、先にでた男から口を思い切り殴られた。
「どこに猫がいるんだ! だれもいねえじゃねえか! 見張りひとつ満足にできねぇのか?」
押し殺した声が、ふたたび見張りを殴りつける。
「え?」
見張りが口を押さえてあたりを見まわしたが、猫の子一匹いなかった。
「あれ?」
「なにが、あれ、だ。もうすぐでるんだ。もう、酒は飲むな!」
「今夜は一滴も飲んでねぇ……」
見張りをひとり残して、殴った男は中に戻っていく。
残された男は殴られた口を押さえて、盛んにあたりを見まわし首をひねる。
閉まった扉を振りかえり、舌打ちをして血の混じった唾を扉に吐きかけた。もう一度、通りをむくと、そのまま体を
忍びやかに、猫たちの光る眼が、集まってくる。先程よりも速い速度で、円がちぢまった。
「ひっ!」
見張りはまたなかに飛びこんでいく。
「てめぇ、いい加減にし……」
見張りを殴りつけて叱責した男が、外に集まった光る眼を見て固まる。見張りのいう通り、無数の光る眼が自分たちを見つめていた。
「……他の……連中も呼んでくる……ここにいろ……」
変にうわずった声で見張りに指示をだすと、そろりと扉を後ろむきに入っていった。
「お、俺も、なかに……」
かすれた見張りの声は届かず、扉は閉められる。背中に視線を感じたまま、剣を抜くことも忘れ、うしろをむく勇気もでなかった。
男三人が抜き身を手に、扉をそーっと開けてでてきた。
「うっ、なんだこりゃ。猫? こんなにいっぱい」
小声で話す男たちを前にして、猫たちはじりっじりっと男たちに近づいてくる。
「もし、攻撃してきたら? さっき引っかかれた傷はまだじんじんしてるぞ。この数に襲いかかられたら、たとえ小さい猫とはいえ……」
「ああ、笑い事じゃあすまねえぜ」
見張りが、泣きそうな顔、むさ苦しい男がすればひどく醜い表情で、声もだせずに他の男たちをうかがう。
「どうする?」
「どうするったって、全部殺っちまう訳にもいかねえし」
「お、俺は、猫は殺したくねえぞ」
「でるときに邪魔になれば追いはらおう。
「もうでようぜ。奪いにいって、また戻りたくねえ。今始末して、行きがけに取りゃいい」
「そうだな。そうするか」
男たちが光る眼から視線をはずせずに小声で相談していると、見張りもおどおどと会話にくわわる。
「も、もう、み、見張りはなくてもいいだろ? もういやだ……」
男たちの会話に結論がでたとき、遠くから一声、鳴き声が響く。
「ニャーーン!」
男たちはそろって息をのむ。
猫たち、無数の光る眼が一斉に大声で鳴き始めた。
「ニャアゴォー!」
「アアーゴォー!」
「シャアー!」
「うわぁー!」
男たちは驚き、あわてて倉庫の中に戻っていく。
一番に駆けだしたのは、見張りの男だった。
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