テオの危機、街じゅうを猫たちが走る
『おまえ、ただの子猫じゃないな』
『初めまして、こんにちは。モルンです』
『おう、初めましてだな。……おまえ、この匂い。……あの
『あの方って? ボクって誰かと同じ匂いしてる?』
『いいや、違うのならいいんだ。ここに住むのか? なら主は譲るぞ?』
『ううん、旅の途中なんだ。通り抜けるだけだよ』
『そうか。おまえは、いい匂いがする。元気でやれ』
『うん、ありがとう。あなたも、みんなも元気で暮らしてね』
ボクはオルテッサの街をまわり、この街の主たちにあいさつをする。
どの縄張りでも、ボクを受け入れてくれた。
最初は紛れこんだ子猫かと、猫たちはボクと視線を合わせなかった。ボクは主に近づき、キチンとあいさつをした。
どの主もボクの匂いをかいで、自分より上だっていうんだ。みんなが主の座を譲ろうとするのを、ボクは礼をつくし、旅の途中だからと辞退したんだよ。
『たいへんだ! たいへんだ! 猫が二本足に襲われた! 二本足の猫が襲われた!』
『助けて! みんな助けて! 二本足の猫が、怪我をした! 苦しんでる!』
ボクがあいさつしていた集会に、黒猫が駆けこんできた。
『どうしたの? 猫が二本足に襲われた? 二本足の? 猫? ……。テオ? もしかしてテオのこと? どこ! 連れていって!』
ボクは、知らせてきた黒猫の案内で走りだす。
子猫の体は、シュウッとしなやかに伸長して若い猫になり、案内に遅れずについていく。
主をはじめ、集会に集まった猫たちはボクが大きくなったことに驚かない。嬉しそうな声をだして一緒に走りはじめた。子猫たちと母猫が、駆けだしたみんなを応援する。
猫の波がオルテッサの街を疾走した。
通りや路地に差し掛かるたびに猫が増え、大きな流れになる。
「おわっ!」
「なんだ! この猫たちは!」
「キャー!」
テオが襲われた路地の入り口には、暴力の物音と猫たちの威嚇の鳴き声を聞きつけて、近くの人が集まっていた。
「なんだ? どうしたんだ?」
「この路地に猫が集まってるんだ」
「ああ、猫たちが、路地の中に入れてくれないんだ。邪魔してる」
「入ろうとすると『シャー』って!」
「争う音がして、どうも人が倒れてるみたいなんだが、近寄れない」
「……猫が人を喰ってるんじゃないだろうな?」
「わからん。警備隊を呼びにいったほうがいいんじゃないか?」
「おい! 向こうから猫が! すごい数だ!」
ボクは、人が騒いでいる路地を目指して走る。
うしろには波のように猫たちが続いていた。路地の人たちの前で急停止して、大声で尋ねた。
「ニャニャオー! テオはどこ! 二本足の猫、人間が怪我してるって!」
「うおっ! 猫がしゃべった!」
ボクの質問に、驚く人たちは答えてくれなかった。足の林から奥に見えた猫に向かって、足の間をすり抜ける。
「ニャー」
路地の入り口にいた猫が声をあげ、ボクは路地に入った。
集まっていた猫たちは、ススッとよけて奥へ通す。路地に入った瞬間に、テオの匂い、血と苦痛の匂いを嗅ぎ分けた。背中と尻尾の毛が逆立ち、膨れ上がる。
「テオッ!」
まっすぐに走ってきたボクは、血だらけで倒れているテオの顔にすがりついた。
「テオ、テオ、テオッー!」
「……モルン……逃げて、逃げて……ああ、暗くなっていく……」
テオが、かすかに動いた。ボクが耳を伏せて顔を擦りつける。
息があることを確認したボクは、深く息を吸い、スッと立ち上がって路地の入り口を振り返る。しばらく入口付近の人たちを見つめ、猫たちに声をかけた。
「ニャ! ニャニャニャ! アァーオォー!」
その声を聞いた入り口の猫たちが、路地に入ってきて、先にいた猫たちと一斉に鳴き交わした。
あまりのけたたましさに入り口の人たちが耳を押さえていると、一部の猫たちが路地を走りでていった。残った猫たちは、テオを守るように路地の入り口をふたたび封鎖する。
「ニャ! ニャニャン!」
ボクは残っている猫たちに声をかけて、入り口まで進んだ。一度だけ、テオを振り返ると、路地から飛びだした。
バンッ!
魔術師ノ工舎の扉が激しい勢いで開かれ、勢い余って壁に激突する。
「コラリー! カロリーネ! テオが襲われた! 助けて! 治癒魔法が必要なんだ!」
建物じゅうにボクの声が響き渡り、駆け込んだ勢いのまま受付カウンターに飛びあがった。
「え? モルン? 子猫じゃない? 大きいけど、モルン?」
「モルンだよ! テオが怪我をしてる! 血だらけなんだ! 治癒魔法が必要なんだ! 助けて!」
その声に、カロリーネが席から立ちあがった。
「テオが怪我! コラリー、隣の治療院にいって治癒師を呼びなさい! モルン、テオはどこ!」
「街の東、街壁のそば!」
「歩けるの?」
「意識がないんだ!」
「モルン、案内して! 先にいく! あなたたち、伝令についてきて!」
カロリーネは見習いを連れて、ボクとテオのところに向かった。
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