闇に潜む目


「この袋か? んっ? 触るとなんかヒリヒリするな」

「そいつだ。こっちによこせ。確かにヒリヒリするな? あ、痛いっ!」


 グスターは、僕から取り上げた魔法の袋を取り落とし、両手を揉んでいた。


「くそっ、なんで痛いんだ。これじゃあ持てない。おい、その小僧の服をはいで袋を包め」


 男たちは僕の服を脱がそうとしたが、面倒になって短刀を抜いて乱暴に服を切り裂く。


「とうさん、この人たちは? テオにひどいことをするな! とうさん止めて、やめさせてよ!」

「黙ってろ! この魔法の袋があれば、俺たちは大儲けができるんだ」


 ヴェンの抗議を、グスターが押し殺した声でさえぎった。


「魔法の袋? これがか? ほほぅー」


 男がグスターの言葉を耳にして声をあげ、取り囲む男たちが動きをとめる。


「あ、えっ、いや、それは」


 男たちはグスターとヴェンも取り囲んだ。


「ふーん。追い剥ぎの手伝いだと思ったが、魔法の袋ねぇ。そいつはまた美味しいものを。おい、その袋、中身をあらためろ」

「ちっ、持つと、ほんとにチクチクするな」


 男たちの一人が切り裂いた僕の服で袋を持ち、中を覗いて逆さまにした。中からチャリーンと数枚の硬貨がでてきた。


「なんだぁ? 銅貨じゃねぇか。魔法の袋じゃねえのか。いや、まて! 持って痛いって普通じゃねえな。その服に包んでおけ。もっと何かねえか。裸にしろ」

「痛い目にあって銅貨数枚じゃ、割にあわんぞ、ゴラァ!」


 男たちは横たわった体を殴りつけ、蹴りつけ、その度に僕はうめき声をあげる。

 終いには服をすべて切り裂き、剥ぎとって裸にした。遠慮のない刃物は僕の体をも傷つける。


 ……あ、あ、切られた。熱い! 痛い! モルン! 痛いよ!



 男たちは、裸にされた僕の背中を、仕上げとばかりに長く切り裂いた。


「何だ? このメダル? 銀細工か?」


 僕の魔術師証を見て男が手を伸ばす。


「くっ、鎖が外れねぇ。切れもしねえ。うっ、こいつもヒリヒリしてきたぞ。あ、おぅっ! いってっー!」


 男は魔術師証から手を離した。両手を握って痛みをこらえ、血が出ていないか確かめる。


「くっそー! 痛えじゃねえか、このっ! このっ!」


 悔しまぎれに、横たわる裸の股間と腹を思いきり蹴りあげる。


 ボギャッ!


 伸ばされた僕の左腕が踏み折られる。


 ……グワッー! ああっ! あっあっ! あっー! モルン! モルン!


 僕のうめき声が、ヒューヒューと甲高いものになる。


「ひどい! やめろ!」


 ヴェンが声をあげた。


「うるせー!」


 ヴェンの隣に立っていた男が、ヴェンを殴りつけた。



「このメダルからも痛みを感じるのか。ん? この模様。記章? えっ? うそだろ、おい! こりゃ魔術師証じゃねえか!」


 僕のメダルを覗きこんでいた男がのけ反り、グスターの所に走りよった。胸ぐらをつかんで締めあげる。


「あいつは魔術師なのか! あのガキは!」

「ゲホッゲホッ、あ、ああ、そうだ。ゲホッ、たしか、魔術師ノ弟子とか、いってた」

「魔術師ノ弟子だぁー? 弟子。徒弟じゃなく弟子なんだな! ぐぅー!」

「徒弟がどうしたんだ?」

「くそっ! このガキはどこから来たんだ! オルテッサの街の者じゃないだろっ!」

「ア、アントン村の、ゲボッ、出身と」

「アントン村だぁ? アントン村? ガエタノ、ガエタノの弟子か!」


 男は、血だらけで腕が変な方向に折れ曲がった裸の僕を凝視して、ほうけた顔をする。


「どうすりゃいい? どうすりゃいい!」



 痛い! 痛い! 痛い! モルン! 逃げて! 来ちゃダメだ!

 暗がりから僕を見つめる目が、数を増やす。



「どうしたんだ?」

「ばかやろう! こいつは魔術師だ! 魔術師に害をなしたら、どうなるか考えても見ろ! くそっ、とんだ話を受けちまった」

「この小僧が魔術師? あ! やべーぜ!」

「くっ、最後は殺しときゃあいいと思ったが。これがバレたら、魔術師ノ工舎を敵にまわす! 俺たちゃ生きていけなくなるぞ!」

「どうすんだよ!」

「くそっ。こいつを人目につかんように運んで、街の外に捨てるしかない。死体がなければごまかせる! 布を探してこい! 荷馬車もだ! 小僧を運べ! 抜け穴から外にでるぞ!」


 シャアーーーッ!


 男たちが僕に近寄ろうとした時、路地のあちらこちらから、威嚇する声が響いた。

 あたりから黒い影が飛び出し、僕の周りをかこむ。それは、たくさんの猫たちだった。猫たちは男たちに向かって、続けざまに威嚇する。


「くっ! なんだこの猫は!」


 無理に近づこうとした男が猫にかこまれ、鋭い爪で激しい攻撃を受けた。


「ぎゃ! いてぇ!」

「くそっ、近づけねえ!」

「くっ! 仕方ねえ、ほっておくしかねぇか。逃げるぞ! 後は知らぬ存ぜぬを決め込むしかねぇ! その二人も引っ張ってこい!」



 体の自由がきかず甲高い声をだして痛みに震える僕に、猫たちが寄り添う。

 猫たちは大きな鳴き声をあげて傷を舐め、体を押しつけて僕を温めてくれる。


 その猫たちの中から、数匹がどこかに走っていった。

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