夕食への招待
アントン村には雑貨店が一軒ある。必要なものはなんでも売られていた。
オルテッサの街では、何でも売っている店はあまりなく、同じ商品を売っているお店が、同じ通りに何軒も続いているんだね。
僕は宿で鞄などの革製品を売る店の通りを聞いて、モルンが背負えるような鞄を探した。
何軒か見て歩き、長さを調整できる背負紐のついた革の袋を見つけた。こういうのが良さそうだと見当をつける。モルンには大きすぎるが、小さなものなら半日で作ってくれるところが見つかった。
明日には出発しようと思ってたけど、鞄を作ってもらうからもう一日かな。あ、狂猪も売らなきゃ。
「テオ! やっと見つけた! 探したよ! ひとり? モルンはいないのかな」
店をでると、ヴェンに声をかけられた。
「ヴェン。こんにちはって、さっき別れたばかりだけどね。モルンはちょっと用事で別行動なんだ」
「そうか。実はね、とうさんが旅の時のお詫びとお礼に夕食をご馳走したいって言いだしてね。テオに来てもらえっていわれて探してたんだ。魔術師ノ工舎に聞いて、宿まで行って、このあたりにいるって聞いてね」
「え、いいのに。なんとも思ってないし、管理は仕事だしね」
「そう言わずに、会えたのに連れて行かなかったら、俺がとうさんに殴られちゃう。すぐそこで待っているから、いこうよ」
「けどねー、宿でモルンと夕食を食べる約束をしてるんだ」
「なら、あとで、俺がモルンを迎えにいくよ。さあ、いこう」
革製品の店から何本か通りを渡り、人通りのあまりない静かな一角の料理屋に案内された。
店は、ほぼ満席だった。
一番奥まったテーブルにグスターが座っていて、ヴェンたちを見つけると立ちあがり、手をふった。
「テオ、わざわざすまないね。旅の途中の失礼を謝りたくてね」
「お招きありがとうございます。気にされずともよろしかったのに」
僕がテーブルにつくと、ヴェンが「明るい窓辺」にモルン宛の伝言を残してくると店をでていった。
「モルンが来るまで、軽いもので始めていましょう」
グスターが合図をして給仕を呼んだ。
「ここは炭酸水で割った白ワインが有名なお店なんですよ。一緒に入れる香草がさっぱりしていてお酒の苦手な人でも、酔わずに飲めるんです。ぜひ味わってみてください」
グスターが注文した飲み物といろいろな燻製肉の盛り合わせをつまんで、モルンを待った。
グスターはにこやかに笑って、これまで経験した旅の面白い話や、ヴェンの失敗談などで僕を飽きさせない。
ヴェンが店に戻ってきたのを見ながら僕は飲み物を取ろうとしたが、ワインのマグカップを取りそこねる。
あれ? 上手くつかめない。
指が、指が、おかしい?
僕はプルプルと震えている自分の指から、視線をグスターに向ける。グスターの顔から笑みが消え、冷たい目で観察するように僕を見ていた。
全身から力がぬけ、体じゅうが、へんな寝方をした時のように、しびれていくのを感じた。
「テオ、どうしました?」
「テオ、行ってきたよ。テオ? どうしたの?」
グスターの声が、ヴェンの声が……遠くで話しているような……目が、目がよく見えない……グスターの顔が……ゆがんで……。
「テオはどうも飲みすぎたようですねぇ。やはり、お子さまにはお酒は早すぎましたかね」
僕は体をふらつかせ、テーブルの上、燻製肉の皿に顔を突っ伏した。
「おやおや、これは困った。酔いつぶれてしまったようですね」
「テオ! 大丈夫?」
僕は、グスターが店にわびているのが聞こえ、自分が、数人に抱えられて連れだされるのをおぼろげに感じる。
店から少し離れた暗い路地で、僕は地面に投げだされた。
体に、力が入らない。
「テオ!」
「大声を出すな、ヴェン」
「ひどいことをするな! とうさん、こんなところに寝かせられない! 宿に連れて行ったほうがいいんじゃ」
「黙ってろ。もう十分効いているだろう。腰の袋を取りあげろ」
「とうさん?」
ああ、誰の手だ? 体が探られている?
僕は数人の男たちに取り囲まれている。力の入らないまぶたを無理に開ける。
路地の奥、暗がりの中に光を反射して僕を見つめる目と、視線があった。
……モルン。
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