オルテッサ支部


 空飛ぶ猫に大騒ぎした後、コラリーに案内されて門を抜け、魔術師ノ工舎支部に向かった。

 コラリーは眉間にシワを寄せて、ぶつぶつとつぶやいて歩く。


「宙に浮く……空を飛ぶ……翼もなく……どうやって……モルンは、重さが問題っていうけど……こんな魔法が……綺麗なだけじゃなくて……才能ある……猫の魔術師」



 門の北側は石畳の広場になっていて、多くの荷馬車や人が行きかっている。

 モルンは、僕の頭に前足をまわしてきょろきょろしていた。


「テオ、人がずいぶん多いね」

「そうだね、こんなに大勢の人を見るのは初めてだね。広場も大きいし」

「あ、あそこにここの人がいる」

「え? ああ、あの黒猫?」

「うん。ここのぬしさんにごあいさつしなきゃ。親方から『よその縄張りに入る時はきちんとあいさつしろ』っていわれてるんだ。それが礼儀ってもんだって」


 案内してくれているコラリーの肩が、プルプルと震える。


「礼儀正しい猫。人の言葉を話す猫。おまけに空を飛ぶ。あー! なんて、なんて素敵なモルン! でも、王都リエーティに行ってしまう! 一緒に行きたい!」


 コラリーは急に振り向き、満面の笑顔でモルンをじっと見つめる。


「ヒッ! あ、お、おほめいただいて、ありがとう……」


 モルンの背中、毛がちょっと逆立っていた。



「いま支部にいるのは魔術師ノ補カロリーネと見習い、徒弟たちだけです。他の魔術師ノ補たちは、近隣の結界魔道具の点検に街をでています。オルテッサの街にはどのくらい滞在します?」

「明日には出発するつもりでいます」


 僕がコラリーの質問に答えた。


「え? 明日」


 とつぶやいて、モルンを見るコラリーの目が涙でうるんできた。


「もう少しゆっくりとしていけば……お疲れでは? 見たところ軽装ですが、旅に必要な荷物などはおそろいですか? いいお店を紹介できます!」



 広場から北に伸びる大通り、その角にある建物の前で、コラリーが歩みを止めた。


「ここが魔術師ノ工舎オルテッサ支部です」


 建物は石造りの大きな二階建。

 木の扉を入ると正面に受付カウンター。机がならんだ一番奥に、一人の女性が座っている。

 コラリーたちが入ってきたのを見て立ち上がった。


「どうでした? テオとモルンでしたか?」

「はい、カロリーネ」

「では、応接室に案内して」


 コラリーは二人を連れて、左側にある階段を登り応接室に案内してくれる。座り心地の良さそうな椅子を勧めて、お茶を用意してくると部屋を出ていく。



「立派な建物に、立派な部屋なんだね」

「そうだね。そこらで爪を研いじゃダメだからね」

「そんな事、いちいち言われなくたってわかってるよ、プン」

「ふふふ」



 しばらくして扉がノックされ、先ほどの女性がコラリーと一緒に入ってきた。僕とモルンは椅子から立ちあがった。


「初めまして、魔術師ノ補カロリーネです。ここオルテッサ支部をあずかっています」

「初めまして、魔術師ノ弟子テオです」

「初めまして、魔術師ノ弟子モルンです」

「ふふふ、コラリー、あなたの言う通り礼儀正しくて、美しいですね」

「でしょ、でしょー」


 僕とモルンは、カロリーネにガエタノとキアーラからの手紙を渡す。

 今日の宿を聞かれ、魔術師ノ工舎と懇意の宿を紹介された。コラリーは中断した仕事を続けるように指示され、モルンを涙目で見ていた。




 オルテッサ支部から更に北に向かい、次の四つ角を東におれる。そのならびに「明るい窓辺」という教えられた宿があった。

 宿にはきちんと手入れのされた前庭がある。馬車を乗り入れる門には門衛が立っていた。

 門衛の横を通り、建物の扉を開けてなかにはいると、静かな談話室になっていた。座り心地の良さそうな椅子と低いテーブルが置かれている。


 部屋の横には背の高い受付カウンターがあり、若い男性と女性が、僕とモルンを見て会釈をした。


「いらっしゃいませ、ご要件を承ります」

「あ、あの、今夜、泊めていただきたくて」


 僕は気後れして、少しおどおどしてしまう。


「お客様、お一人様ですか? どなたかのご紹介でしょうか?」

「あ、これが魔術師ノ工舎からの紹介状です。魔術師なんです」

「これは大変失礼いたしました。では、紹介状を拝見いたします」


 応対してくれる男性の隣で、女性が僕の肩にいるモルンを見て、笑みを浮かべている。


「はい、かしこまりました。お連れ様のご到着は後ほどでしょうか。規則ですので魔術師証を拝見いたします。それから、大変申し訳ありませんが、愛玩動物はお部屋にお連れになれません。厩の棟に場所をお作りいたしますので、そちらでお預かりいたします。お食事やお水、お下おしももお世話させていただきます。ご希望があればお洗いすることもできます」


 早口でなめらかに喋る男性の言葉を聞いて、僕とモルンは顔を見合わせた。


「……モルンのこと?」


 僕が、自分とモルンの魔術師証を取りだした。


「この子猫は魔術師ノ弟子モルンです。僕は魔術師ノ弟子テオ。二人部屋をお願いします」

「えっ、はい?」

「モルンは愛玩動物ではありません。魔術師ノ弟子です」

「ボクは魔術師。ほら」


 モルンはゆっくりと宙に浮き、女性の受付の方にふわりふわり飛んだ。


「ね? ボクは魔法が使える魔術師だよ、キレーなお姉さん」

「は、話しを」

「うん、ボクは人の言葉を話せるし、理解もできるよ。部屋の鍵を使ったり、扉の開け締めもできるんだよ」

「は、はい。かしこまりました。で、では、これがお部屋の鍵です」


 僕に鍵を渡し、ためらいがちにモルンにも差しだす。

 鍵は男性の手からフワッと浮かび、宙をただよってモルンの肉球が受けとった。




「鍵や魔法の袋を持つ方法が、何かないかなぁ」


 部屋に入ると、モルンが、木札のついた鍵をチョイチョイして僕にたずねてきた。


「ああ、そうだねぇ。うーん、考えてみればモルンは裸か。服を着る?」

「服かぁ。面倒くさそうだよね。大きくなる時は脱がないといけないし。汚れは舐めてもきれいにならないし」

「そうだね。革帯を巻いてぶら下げたらジャマだしな。背中に背負うような鞄がいいのかな」

「動きにくそうだけど、それしかないかな。ふぅー。じゃあ、ボクはこれからこの街の主さんたちのところに、あいさつに行ってくるよ」

「それなら、僕は街のお店を見てまわるかな。宿の人に鞄を売っている店を聞いてみるよ。夕食はここで食べられるから、夕食の時まで別行動ね」

「うん」

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