襲ってきた魔物


 野営地全体を見渡したが、見張りをしている護衛に特に変わった動きはない。

 僕は隊商の頭に向きあった。


「頭、これはどういうことですか。赤珠に魔力充填しても魔術師と信じない。これでは魔物に襲われても、魔術師の命令に従いそうにない。魔術師の命令は絶対です。頭、皆さん、命が惜しいのなら、僕らの命令に従いなさい」

「皆さんの命は、ボクらにかかってるんだよ。結界がなかったら、あなたたちは死ぬんだよ。結界魔道具の管理をする魔術師の命令に、従えないの?」


 モルンはそう言って一同の顔を見渡して、ふたたび僕にささやいた。


「来たよ」

「今、グスターの結界魔道具が弱まり、いっとき、結界が切れました。そうすると何がどうなるのか? こういうことになります」

「とうちゃーく! いま!」


 モルンの声に合わせ、僕は革帯から黒い短杖を抜きだす。横の森に向けて、素早く詠唱する。


 森の下生えがガサガサと音をたて、みんながそちらをむく。

 草かげから黒い影が飛びだしてきた。


 僕の短杖から白い光が尾を引いていった。


 ブッギィァァァー!


 黒い影から悲鳴があがり、地面に体をこすって飛び出した勢いのままに馬車近くまで滑りこんできた。

 黒い影、狂猪きいのは頭を太い氷の槍につらぬかれ、ガクガクと断末魔の痙攣けいれんをしている。



 命が消えていく狂猪の目をみつめ、僕は自分の短杖に目を落とす。再び狂猪に目をやり、握る拳にギューッと力がはいる。

 頭をふって、唖然あぜんとしているみんなに視線をうつした。


「……狂猪です。グスターの結界が切れた時に入りこみました。護衛の方、運んできてください」


 あっけに取られている一同に声をかけた。

 何人かの護衛が、仕留めた狂猪を引きずってきて、僕の前においてくれる。


「魔術師の命令に従いなさい。頭と護衛のいいつけを聞きなさい。自分の命が、隊商全員の命がかかっているのです」


 僕の声は、静かな子どもの声だったが、狂猪を魔法で瞬殺するところを眼の前で見せられては、これ以上の説得力はない。一同が納得する。


「魔術師テオ様、魔術師モルン様。ご命令に従います」


 僕とモルンは頭の言葉に、にっこり笑顔になる。


「『様』はいりませんよ。テオ、モルンと呼びすてで。みなさんもね。では、その狂猪には今晩のおかずになってもらいましょう。料理はおまかせします。僕らは魔道具の確認を続けますね」

「お願いします」


 僕は御者台から飛びおり、ヴェンを見あげた。


「予備の結界魔道具を用意しておきなさい。用意ができたら交換します」

「はい」


 ヴェンの素直な返事にほほ笑みをかえし、グスターに話しかけた。


「気に入ろうが、気に入るまいが、大切なのは皆の命です。納得出来なくても命令を聞きなさい」

「……」



 道中でみんなに指示をだしていた護衛のリーダーが、次の馬車に向かおうとする僕たちに聞いてきた。


「テ、テオ、その、この狂猪は解体して、肉は食べてしまってもいいのか?」

「ええ、いいですよ。みんなで食べるくらいあるでしょう?」

「ああ、そうだが。いや、そうではなくてだな。売れるところは、どうすればいい?」

「売れるところ?」


 僕はモルンをみる。モルンは小首をかしげてみかえしてきた。


「意味がよくわかりません」

「ああ、食べていいというのなら、解体して肉はありがたく食べさせてもらう。だが、牙や毛皮に内蔵は?」

「牙は食べられないよねー。ボクは食べたくないなぁ」

「うん。毛皮はなにかに使えるかなぁ。でもなめさないとだめだね。それって売れるんですか?」

「ああ、売れる。魔物、狂猪はほぼ捨てるところがない。骨まで、みな買い取ってもらえる。運が良ければ赤珠もあるかもしれん」

「赤珠が」

「ああ、赤珠は解体してみなきゃわからんがな。まあ、運ぶ手段や腐らせない方法が必要なんだが。魔術師なら、なにか方法があるんじゃないか?」

「へぇー、そうなんですか。売れるんですか。うーん、じゃあ今晩食べる分の肉を取ったら置いといてください。確認は急いだほうがいいので、済んだら考えます」

「了解した」

「あ、狂猪の肉、うん、それだけじゃないか。夕食を、食事を作る人に言っておいてもらえませんか。モルン用の夕飯は塩を少なくするように。全く使わなくてもいいくらいですよ。な、モルン」

「うん、ボク、塩辛いのは苦手なんだ」



 僕とモルンは、全ての馬車で結界魔道具を確認した。

 取り替えた赤珠には、魔力充填もしておく。


 隊商の中には携帯用の結界魔道具を持っている者もいた。赤珠への魔力充填を望まれて、ガエタノに教えられた料金をはなした。


「高い。領都や王都と変わらないじゃないか」

「ああ、こんな田舎だ。もっと安くしろ」


 文句を言われたので、そんな時にはこう言いなさいとキアーラが教えてくれたことをモルンが伝えた。


「ボクらは金ノ魔術師に命じられてるよ。『これは魔術師ノ工舎で決められた料金。不満は受け付けない。嫌なら充填はしない。払わなくて結構』そういうようにってね」

「ええ。魔術師ノ工舎からの命令です。料金を変えることはできません」


 不満タラタラだったが、いくつか赤珠への充填を依頼された。



 ヴェンの結界魔道具は予備と交換し、腐食した部品を磨いた。念のため早い機会に専門の職人にみせるよう忠告しておいた。

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