勧誘されたけど


 隊商が連れている炊事用の幌馬車に向かい、夕飯を受けとった。

 内容は豆と根菜のスープに、焼いた狂猪のバラ肉にモモ肉。モルンの分はほとんど塩を使わずに作ってくれている。



 たき火の前で僕とモルンが夕食をとったが、ふたりには誰も声をかけてこない。  

 食事が終わりそうな時に、頭と護衛のリーダーがやってきた。

 頭の名はセサル、護衛リーダーはジェルマ。ふたりは小声で話しだした。


「テオ、モルン、ありがとう」

「うまくやれたでしょうか? これでセサルとジェルマのいうことを聞いてくれるようになるといいですね」

「ああ、助かる。今回は新参の商人たちがいうことを聞いてくれなくて、困っていたんだ」

「護衛のいうことも聞かないような奴らでな」

「もう次はない。領主様からの紹介なんだが、たとえ不興を買っても次は参加させない。命に関わる。しかし、偶然とはいえ、いい具合に狂猪が襲ってきたな」


 セサルの意見に、僕は笑って答える。


「ははは、あの狂猪は偶然じゃありませんよ。隊商は、ずっと追われていたんですよ。ね、モルン」

「うん。アントン村の結界をでてから、ずっとね。他にもかなりの魔物がいるよ。いまも結界まで寄ってきてるんだよねぇ」

「えっ?」


 セサルとジェルマが驚いて、あたりを見まわした。


「結界で入ってこれないでしょう。まあ、モルンもいるから入ってきても大丈夫、すぐわかりますよ」

「モルンには、魔物の動きがわかるのか?」

「ええ、近づいてくる魔物がね」


 細切りにしてもらった狂猪の肉を「うー、うー」と声を出して頬張っているモルンを、二人はまじまじとみつめた。


「うー。ん? 狂猪のお肉は美味しいね。もっと捕まえられるといいなぁ」


 そう言うと、モルンは口のまわりをペロンと舌でなめた。 


「魔物がわかるって、どんなのが、どのあたりにいるかが、わかるのか?」


 狂猪の肉を頬張っているモルンに代わって、僕がジェルマの質問に答える。


「だいたいね。魔物の種類はむずかしいけど、魔力を感じるんだ。僕もモルンから教わっている最中でね。まだまだモルンほどじゃないな」

「それは、それって。うーん」

「あ、ああぁ。もし、魔物がわかれば、赤珠が」

「セサルさん、そういうことだ」


 夕食を終えて体を舐めているモルンを見て、ジェルマが考え込んだ。


「モルンは、ああ、テオもか。ふたりは魔術師ノ弟子? ひょっとして王都リエーティの魔術師ノ工舎に行くのか?」

「ええ、ふたりで訓練するんです」

「うむむ、おしい」

「おしい、ですか?」

「二人は俺が欲しい。ぜひとも、うちの仲間に入ってもらいたい」

「仲間? 僕らには護衛の仕事をしている時間はないです」

「いや、護衛じゃない。今回は俺がこの仕事を担当しているが、俺たちの本業は魔物狩り。冒険者なんだ」

「冒険者? 冒険者ってなに?」


 モルンが前足の肉球の手入れを中断して顔をあげ、ジェルマに質問した。


「知らないのか? 冒険者は、魔物を探して狩る者たちだよ。赤珠を集めるんだ。もし、どこにいるか知ることができれば……」

「うむ、確かに狩りやすくなるな」


 セサルが大きくうなずいた。


「おまけにあのテオの魔法。モルンが探して、テオの魔法で狩れば、赤珠を手にいれる確率が高くなる。冒険者にうってつけだ。ぜひ、俺たちの仲間になってくれ」


 僕とモルンは顔を見合わせる。


「テオ、お誘いは嬉しいね。でもねぇ」

「うん、僕らは、今朝、アントン村から出発したばかり。もっと、こう、いろいろ経験したいかな。正直にいうと、魔術師キアーラから注意されてる。僕らは世間知らずの田舎者。ものを知らないから、いろいろと用心しなさいって。出発一日目からなにか決めることは出来ないかな」

「うむむ、そうか。セサルさん、魔術師ノ工舎に詳しいか? 『魔術師ノ弟子』とは初めて聞いたんだが、『徒弟』のことか?」

「えーと……確か『魔術師ノ弟子』はとても少なくて、『魔術師ノ補』と同じじゃなかったかな。『魔術修学士』の上だとか聞いたことがあったな」

「えっ? 『魔術師ノ補』と同じ? 『魔術修学士』の上? じゃあ、その上は金と銀の魔術師! ぐうぅ、はぁー」


 ジェルマは、ため息をついて肩を落とした。


「冒険者には自称『魔術師』もいるが、『魔術師ノ補』以上なんていない。元徒弟か、良くても元魔術修学士だ。それでも報酬は高額なのに、その上となると」

「ああ、おいそれとは雇えないだろうな」

「あれだけのものを見せられれば、当然か」


 セサルが、落ち込んだジェルマの肩を慰めるようにたたいた。



 その後、セサルとジェルマが隊商や冒険者、赤珠についていろいろと話しをしてくれた。

 僕とモルンは食事を終えて、拳大の赤珠で充填と吸収の訓練をしながら聞いている。


「なあ、さっきから二人でやっていること、充填か? それにしても暗くもなるな。それにその大きさ」


 ジェルマが赤珠を見つめた。


「ああ、これですか。師から課せられた訓練ですよ。魔力量を増やすためにね」

「うん、ボクらの訓練用に師がくれたんだ」

「それほどの大きさの赤珠。どんな魔物なのか」

「尻尾のあるでっかいヤツだ、っていってたよね」

「かなりの値段がしそうだ。暗くなるのはどうしてだ?」

「吸収だよ」

「モルンの言う通り魔力を吸収してるんです。充填して吸収、その繰り返し」

「き、吸収? セサルさん?」

「あ、ああ、聞いたことがない。魔力を吸収?」

「なんでも、できる魔術師は少ないそうですよ」

「もう、言葉もないな。アントン村にこれほどの魔術師がいるなんて」

「ああ、それだけじゃない。充填に魔道具を使ってもいない。まあ、アントン村は領主様が大事にしている村。貴重な特産品の村だからな。魔術師も特別か」

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