旅の始まり

魔術師だと信じないなら


  嘆くことはない。生きるとはそういうものだ。

  されど、己の欲望のままに生きてもならぬ。

  それでは、憎むべき敵と同じではないか。

  滅びへの道を、汝らは歩んではならぬ。


       「タルカハト人への手紙」 ピートネッラ・デ・ヤーヘル




 アントン村をでて、街道を北にすすむ。

 隊商は、十数台の馬車と護衛たち。街道ぞいの野営地で三晩ほどすごし、次の村につく予定だった。

 護衛たちが槍を手にして馬車のまわりをあるく。隊商の前後にわかれ、道幅のあるところでは荷馬車とならんでいる。

 僕もモルンを肩にのせて、隊商の先頭と並んであるいた。村じゅうの猫が見送りにきていた少年と、言葉を話す猫。

 隊商の誰もがその正体について知りたくて、ウズウズしていたんだ。



 今夜の野営地となる小川ぞいの空地について、野営の準備を始めた。

 僕よりちょっと年上の少年たちは、全員が隊商の血縁者で商人見習いだった。馬の世話や水運び、食事の準備をする。

 僕とモルンは隊商の頭と立ち話をしていた。見習いたちは、僕に険悪な視線を向けてくる。


「あいつは手伝わないのか?」

「金を払った客なのか?」

「でも、歩いて護衛してたぞ」



「じゃあ、確認して回りますね。個人が持っているものはどうしますか?」

「荷馬車のものだけで。他は料金を支払う者にやってくれれば助かる。それと、すまないが……」

「ええ、わかっています。さて、モルン、お仕事だよ」

「はーい。おっしごと、おっしごと、おおー!」


 僕とモルンは、御者台のすぐ後ろに置かれた結界魔道具を、頭の荷馬車から確認し始めていく。

 魔力が切れそうではなかったが、新しい赤珠に替えていく。今日使った分にはモルンが魔力充填をする。

 次の馬車で確認をしていると、後ろから叫び声があがった。


「おまえ! そこで何をしている! とうさん! 盗人だ! みんな! 来てくれ! 盗人だ!」


 声に振り向き、僕とモルンが馬車から見下ろす。年かさの少年が、革帯から下げた短刀の柄に手をかけて大声で人を呼んでいた。


「どうした! ヴェン、なにごとだ!」

「とうさん、こいつがうちの荷馬車に入り込んでる! 赤珠を狙ったんだ!」


 僕はモルンと顔を見合わせて首をふった。ヴェンの声に隊商のみんな、見張りについている護衛以外の者が集まってきた。


「おまえ、なんでうちの荷馬車にいる!」

「あー、まてまて。ちょっと通せ!」


 隊商の頭がそう声をかけながら、前に出てきて御者台にのぼった。


「これはどういうことですか? 皆に話してなかったんですか?」


 僕の質問に、隊商の頭が答えた。


「ゆうべ皆には話したんだが。ヴェン、グスター、みんな、聞いてくれ! 結界魔道具の確認をしてくれる魔術師が同行すると話しただろう。忘れたのか。このテオがその魔術師だ。彼が荷馬車の赤珠を確認して、魔力を充填してくれる」

「そんな小僧が魔術師? そんなわけがあるか!」


 ヴェンの父親グスターが、頭に口答えをする。


「いや、アントン村の魔術師ガエタノ様から依頼されているんだ、ご自分の弟子を同行させて欲しいと。オルテッサの街までの旅費として結界魔道具の管理をすると」

「だが、そいつはガキだ! 魔術師のはずがない!」


 グスターの言葉を皮切りに、隊商の一部が疑問をいいたてた。

 頭は、「ガエタノ様から聞いている、テオは魔術師だ」と何度も説明したが声はおさまらない。

 僕は、モルンが意地悪そうにニヤニヤしているのを見て、思わすため息をついた。


「頭、みんなは納得しないようですね。君! ヴェンといったね。君のところの結界魔道具、魔力が切れかけている。君が赤珠を取りかえてくれ!」

「なにっ!」

「機嫌を悪くするのは、後でやってくれ。魔力が切れたらどうなるかわかってるのか? 結界が切れるんだぞ」


 僕にいわれてヴェンが結界魔道具をのぞきこみ、硬貨ぐらいの大きさの赤珠を取りだした。


「あ! ほんとだ、魔力がなくなりかけてる。明日一日はもつはずなのに」


 ほぼ黒くなり、かすかに赤い色をした赤珠を、ヴェンはグスターに見せた。


「確かに切れかかってる」

「ヴェン、何をしている。すぐに新しい赤珠に取りかえて。今は結界が切れてるんだぞ」

「あ、ああ」


 ヴェンが、もたもたと結界魔道具に新しい赤珠をおさめる。


「よし、結界が発動した」



 僕はあたりを見て結界を確認し、みんなに向きあった。


「みなさん、僕は魔術師ノ弟子テオです」


 そう言って服のなかから鋼のメダルを取りだす。

 革帯にさげているモルンの魔法の袋から、小さなメダルを取りだしてみんなにみせ、肩にのってきたモルンにうなずいた。


「そして、ボクが魔術師ノ弟子モルンです。テオが持ってるのがボクの証ね」

「え?」

「猫が? 子猫が魔術師?」

「ヴェン、集まってるみんなに見えるように持ってる赤珠をかかげて!」


 ヴェンは暗い色になった赤珠をかかげる。


「赤珠の魔力が切れかけています。魔力が早くなくなったのは部品が汚れて腐食し、ゆるみがでていたからです。部品の交換が必要です。これでは今夜遅くに、結界が切れていたでしょう。ヴェン、その赤珠をモルンにわたして」

「え? モルンって、子猫に?」

「いいから早くしてよ、ヴェン」


 モルンに名を呼ばれ、おどおどと赤珠をモルンに差しだした。

 肉球で赤珠を持つと、皆に見えるように高くあげて、魔力充填をはじめる。


「ほーいほーい、にゃにゃにゃ、にゃん!」


 いや、掛け声かけずに、黙ってても出来るんだけど。暗かった赤珠がきれいな赤い色になる。


「はい、完了―!」

「おお!」

「速い! もう赤くなった!」

「おい、魔道具を使ってないぞ!」

「この通り、赤珠への魔力充填をしました。僕とモルンは魔術師です」

「うう、確かに魔力はもどった。しかし、やっぱり、たかが子どもと子猫じゃないか」


 たしかに魔術師だとうなずく者もいたが、グスターのように実際に見ていながら納得しない者もいた。


「テオ、ちょっと」


 モルンが僕の耳にささやく。僕は笑ってうなずいた。


「やっぱりね。ちょうどいいよ」 

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