形見の短杖
「ふたりには、渡すものがある。メダルの下にあった革袋を、取りなさい」
僕は、モルンの分を広げてやる。自分のも手にとってみる。
「その袋は『魔法の袋』だ。今の式で、テオとモルンがそれぞれ所有者として登録された」
「魔法の、袋?」
「そうだ。魔力を流さずに使えば、袋の見た目と同じ量がはいる。だが、魔力を流しながら使えば、この家一軒分ぐらいは物がはいる。革袋の重さだけでな」
「そんなに? え、じゃあ、これに塩や魚の樽を入れても、革袋を運ぶだけってこと?」
「そうだ」
ガエタノが僕の質問に、おかしそうに笑って答える。キアーラはお腹を押さえて笑いをこらえている。
「お肉がいっぱい入るってこと? お魚も?」
「ああ。だが生きているものはだめだ。入れると死んでしまう」
僕とモルンは、にんまりした。
「モルンは、出し入れができないだろうが、所有者が許した者はできる。許す期間は好きに決められる。一回や永遠になどと。まずは、ふたりで許可しあえばいいだろう」
ガエタノに教わって、お互いを登録する。
「キアーラとも相談した。もう魔術師ノ工舎に入り、さらに訓練するのがよいだろう。もちろん、テオとモルンが、いっしょにだ」
「魔術師ノ工舎。じゃあ、僕らは、パエーゼみたいになるんだね」
僕とモルンは、にこにこする。
「いや、おまえたちは魔術修学士にはならない」
ガエタノがほほ笑んでこたえる。
「え?」
「お前たちは魔術師ノ弟子になったからな」
「魔術修学士にはなれないの?」
モルンが、不思議そうにキアーラにたずねる。
「魔術師には、いろいろ階級があると前に話したわね。魔術修学士パエーゼは、試験に受かって、今は魔術師ノ補。階級にはね、ふた通りの流れがあるの」
キアーラが、ほほ笑んで教えてくれた。
「パエーゼのように、普通はとても幼いうちに見習いとして、魔術師ノ工舎にはいるの。それから数年で徒弟。十五か十六で『魔術修学士』、二十歳すぎぐらいで『魔術師ノ補』。三十歳で『銀ノ魔術師』になる。さらにその上が『金ノ魔術師』よ」
「パエーゼはここに来た時、十七歳っていってたよね」
僕の言葉に、キアーラがうなずく。
「そうよ、パエーゼはとても優秀なの。あの若さで魔術師ノ補になったのよ。それとは別の流れが、『魔術師ノ弟子』なの」
キアーラは、続けるかガエタノに視線をおくる。ガエタノは、黙ってうなずいた。
「あなたたち二人は、今日、正式に『魔術師ノ弟子』になった。『魔術師ノ補』と同じ階級で、上には銀と金の魔術師しかいないのよ」
「……あ! パエーゼ! 初めて会った時! ボクとテオがガエタノの弟子って驚いていたのは、だからなんだね」
「そうだったわね。特別な人間だけがなれるのよ。もちろん、特別な猫もね」
キアーラはモルンを見て、にっこり笑う。
「金ノ魔術師が、自分の弟子と正式に認めた者だけ。それだけの力があると、ガエタノが認めたのよ」
僕とモルンは、ガエタノを見つめる。
「コホン。おまえたちのメダルも私と同じ意匠だ。これは魔術師証とも呼ばれる。普段はあまり人に見せぬがな」
そういいながら、ガエタノは二本の短杖を手に取った。
「師からは、最初の短杖を贈るのが習わしだ。これには魔法の威力が増す魔法陣を刻んでいる」
短杖は、僕の前腕ほどの長さ。黒く硬い木材で、持ち手が太く先にむかって細くなっている。きれいな銀の装飾が取り巻いている。
「この短杖は私が作った。だが、材料はお前の母親、フェドーラが持っていたもの。お前のために、父親のヴァスコと用意したものだそうだ。テオ、お前にとっては両親の形見といえるだろう」
「え?」
「テオ、受け取りなさい。もう一本はモルンにだ」
僕はおずおずと手を伸ばして受けとり、一本をモルンの前に置いてやった。
「モルンはお前の分身、兄弟だ。モルンもこれを持つのにふさわしいだろう。まあ、手に、いや前足か? 持てないだろうが」
「ボクにも! うれしいです!」
尻尾が勢いよくふられる。
「訓練が進めば、もっと自分にあった短杖、使いたい魔法陣を刻んだものが欲しくなる。それまではそれを使っていなさい」
「こちらは、テオに渡すものだ」
そう言って、小さな革包を広げる。
一つの指輪がでてきた。指輪は大きく、中央には紋章のようなものが彫られている。ガエタノが手紙に封印をするときの指輪に似ていた。
「この指輪も形見だ。金ノ魔術師ヴァスコの指輪。これはヴァスコの一族の紋章。だが、一族とは疎遠だったからか、自分では、はめていなかった」
僕は短杖と指輪を手にガエタノを見つめた。ガエタノはおごそかにうなずき、モルンに目をやる。
「その魔法の袋も、ヴァスコとフェドーラが用意したものだ。こちらの二つの袋は、所有者が登録されていない。袋の数が多いのは、テオの兄弟姉妹が増えることを望んでいたのだろうな」
短杖、指輪、魔法の袋。
僕は、幼い頃からの思いに、折り合いをつけることができた気がしていた。
……僕は、置いていかれたのではなかったんだね。……おとうさん、おかあさん。
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