魔術師ノ弟子
パエーゼが王都に帰って二年がすぎた、冬の終わり。
僕とモルンが朝の点検をおえて帰ると、キアーラが待っていた。
「この後の予定は変更します。水浴びをして、このあいだ渡した服に着替えなさい」
「このあいだの服? まだ着ないようにいわれた、新しいやつ?」
「ええ、そうです。それからモルンにはブラシをかけてあげなさい。テオは下着も全て新しいものに。そのあとは、私が呼びにいくまで部屋で待っていなさい」
「ブラシ! ブラシ! 気持ちいいから好きー」
キアーラは、モルンの軽口にニコリともせずにふたりを見ている。普段とちがった様子に、僕とモルンはお互いを見交わした。
「なんか今朝のキアーラ、いつもとちがったね。服も今まで見なかったローブだったし」
「そうだね。訓練で怒られるときみたいだったね。さあ、モルン、きれいにしようか」
準備をして部屋で待っていると、キアーラが呼びにきた。ふたりの格好を確認してうなずく。
三人は地下室につづく階段をおりた。扉をノックすると、なかからガエタノが答えた。
「入りなさい」
ガエタノの声も静かなものだった。
いつもは散らかっているさまざまな魔道具類が、壁際によせられきれいに整えられていた。明かりも普段の獣脂ロウソクではなく、良い香りのする蜜蝋が灯されている。
部屋の床には、三年前に僕が発動させたものとは違う魔法陣が描かれている。
その上には背の高い机がしつらえられていた。
机の上には大きな革が広げられ、いくつかの物が置かれている。二本の黒い短杖、銀鎖がついた鋼のメダルが大小二枚、数枚の革袋、短刀。小さな革の包み。
僕はモルンを肩に乗せたまま、その黒い短杖から目が離せなくなる。
「きれいだ」
「静かに。テオ、順番があるのよ。机の前、魔法陣の中央にいきなさい」
ガエタノは、魔法陣の外、机を挟んで僕の前に立っている。キアーラもその横にならんだ。
「ふたりとも、これまでよく訓練をした。おまえたちは基礎訓練を終了した。師として誇らしい」
その声はおごそかで、優しい目がふたりをみている。
質問したいことがあったが、僕は背筋を伸ばして黙っていた。
僕は十三歳になり、しなやかな体つきに成長している。モルンは三歳になったが、出会った時と同じ子猫の大きさのままで、机の上に座っている。
「ふたりは、この三年で基礎に必要な魔法はすべて習得し、魔力量も増えている。キアーラの訓練で体も鍛えられた。モルンもテオも、なみはずれた魔力量と体力だ」
「魔力量は、銀ノ魔術師を超えるほどになりました」
キアーラが事務的におぎない、ガエタノが大きくうなずく。
「猫の魔術師というものは、聞いたことがない。だが今後も訓練を続ければ、まだまだ増やせるだろう」
僕とモルンはお互いを見て、にっこりと笑いあう。モルンは顔を僕にこすりつけ、ゴロゴロと低い音をだす。
「金ノ魔術師ガエタノはテオドロス、モルン、お前たちふたりを正式に我が弟子、『魔術師ノ弟子』とする」
ガエタノが朗々と宣言する。
その胸にさげられた、銀で流麗に飾られた金のメダルが光を放つ。キアーラの胸にある同じメダルも輝きだす。僕とモルンが立つ魔法陣も淡くきらめきだした。
「テオドロス、モルン。机の上のメダルは『魔術師ノ弟子』の
ガエタノから視線を移すと、二つのメダルが、穏やかな光を発し始めていた。
「小さい方が、モルンのもの。テオドロス、おまえの血をメダルにおぼえさせ、血の契約を行う。この短刀で両手のひらを切り、大きい方のメダルと敷かれた革袋の上におきなさい。」
ガエタノが短刀を抜いて、柄を僕に向けて差しだす。指示通りに、血が流れる手のひらをメダルと革袋におく。そのままでいると、ガエタノが自分の手を上から重ねた。
「
ガエタノの手が白く光り、僕の手とメダルを包みこむ。
「金ノ魔術師キアーラ」
キアーラが、同じ様にガエタノの上から手をのせる。
「我、金ノ魔術師キアーラは、テオドロスを、金ノ魔術師ガエタノの正式な弟子であると承認す。願わくは、その力が正しく使われんことを」
キアーラの手も白く光り、下に置かれたガエタノと僕の手、メダルも包みこんだ。
温かい。ガエタノの手から、キアーラの手から、温かいものが流れてきてるんだ。
「テオ、私に続いて誓いの言葉を唱えなさい」
僕はガエタノの言葉に続いて唱える。それはこうだった。
「我、テオドロスは魔術師となりて、世の
光が一段と輝き、ゆっくりとメダルに吸い込まれていった。
「モルンも血をメダルに記憶させる。テオ、モルンの手のひら……前足か? 短刀を使ってあげなさい」
僕は前足の肉球に浅く傷をつけ、メダルと革の上においてやる。ガエタノが手をそえて、魔力をながす。
「我、金ノ魔術師ガエタノは、モルンを、正式な弟子となす。願わくは、その力が正しく使われんことを」
ガエタノの手が白く輝き、モルンの前足とメダルをおおう。
「金ノ魔術師キアーラ」
キアーラが、ガエタノの上から手をおく。
「我、金ノ魔術師キアーラは、モルンを、金ノ魔術師ガエタノの正式な弟子であると承認す。願わくは、その力が正しく使われんことを」
誓いの言葉をガエタノに続いて唱えた。
「我、モルンは魔術師となりて、世の理に忠誠を尽くす。魔力をもって命と幸せに忠誠を尽くす。我が命のある限り」
光がまばゆく輝き、モルンのメダルに吸い込まれていく。
モルンは、二人の金ノ魔術師の光を受けて神妙な顔をした。尻尾が勢いよく振られている。
「そのメダルを、首にかけてやりなさい」
僕は、小さなメダルの銀鎖を、モルンの首に回して留めてやる。自分もメダルを首からさげて手をあてる。同じように肉球でメダルを押さえているモルンと、ほほ笑みあう。
「これでお前たちは魔術師となった。さらなる精進を望む。テオドロス、モルン。ふたりに幸あらんことを」
床の魔法陣の光が強くなり、穏やかに暖かく部屋を照らして、ゆっくりと消えていった。
「これで式はおわりだ。魔術師にはなったが、まだまだ半人前だ。学ばねばならんことは山のようにある。さらに訓練せよ」
「はい」
「にゃ」
ガエタノとキアーラの顔がほころんだ。
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