猫の天気予報
キアーラたちがアントン村に来てから、三カ月が過ぎた。
剣の訓練には、猫たちの参加が増えている。
僕とパエーゼは、猫たちが増えてもなかなか負けなくなってきた。十対二の追いかけっこで、やや猫側が優勢の対戦成績だ。
パエーゼというお手本のおかげで、魔法の訓練は順調に進んでいる。僕とモルンの、詠唱速度、威力、使用する魔法量などの練度が、一段と向上している。
「くっ、やっぱり才能かなぁ」
「才能?」
「テオにもモルンにも追いつかれた感じだ。これでも魔術修学士の中では一番だったのになぁ」
「パエーゼ。あなたの練度も良くなってるわよ。単純に魔法だけなら、魔術師ノ補の試験は通るわね。あとはいろんな経験ね」
キアーラの意見に、パエーゼはにっこり笑顔になる。それでも僕とモルンを見て、ため息をついた。
「はぁー。魔力充填は、テオはともかく、モルンにも負けてるからなぁ」
魔術師ガエタノの主たる仕事。
結界魔道具の管理は、僕とモルンにキアーラとパエーゼが加わることで楽になった。
作業的にも、魔力的にも、余裕ができた。ガエタノから魔法の訓練を受ける時間が増えている。
毎朝行う漁師たちの結界魔道具の管理は、パエーゼの担当とされた。
最初の一カ月はガエタノとキアーラ、次の一カ月はキアーラが一緒に管理した。今はパエーゼと手伝いの僕、モルンが、毎朝夜明け前から管理の作業をしている。
パエーゼは、アントン村で僕とモルンに出会い、自信を失いそうになった。来たばかりの頃は、暗く沈んだ様子をしていた。
そんな時、漁師のルーベンと相棒のウンディチに思い切り背中をどやされた。
「パエーゼ! そんな暗い顔するな! 魚が腐っちまう!」
「ハハハッ、ほんとにだ。こっちはあの娘と上手くいってんだ。そんな暗い顔で水をささないでくれよ。おまえも早くいい娘を見つけな!」
漁師たちと交わって、日増しに、元来の明るく優しい性格が前面に出るようになってきた。徐々にだけれど、他のアントン村の人々にも受け入れられている。
誰にでも明るくあいさつする。
荷物を持って坂道で苦労している人の手伝いを笑顔でする。
その笑顔で、若い娘たちやおかみさんたち、女性に人気がでた。
女性たちだけに優しいわけではなかった。
娘を持つ父親たちからは警戒されることもなく、同年代の若者たちに恋敵と嫌われることもなかった。
今では魚運びも一人でこなし、漁師たちと酒を飲み交わす間柄にもなっている。
特に、最初に声をかけてきた、若い漁師ルーベンとその相棒ウンディチ、それから若い漁師仲間たち。冗談を言って笑い合うほどに親しくなっている。
その日は漁師の戻りを待つおかみさんたちに、いつもの陽気さがなかった。
「さあさ、そんな辛気臭い顔してると、魚だけじゃなく頭も腐っちまうよ。さっさと用意しちまおうじゃないかね」
パンパンと手を叩いて、みんなを作業に追い立てるのは、漁師ノ長のおかみさん。
日に焼けた笑顔の優しい人だ。でも、怒った時のおかみさんには漁師たちのだれも逆らえない。
漁師たちが戻ってきて魚運びを終えたあと、みんなが心配顔で雲と沖のほうを眺めていた。
僕の肩の上で、モルンが前足で盛んに顔を洗っている。
「雨が来るな。嵐になるかもしれん。くそっ、ここしばらく漁が良くないのに」
空と海を見つめるルーベンに、僕がたずねた。
「嵐が来るの?」
「テオ、ボクのヒゲが重くてたれてきたからね。きっと雨」
「へえー」
「毛もペタンとしてきたし。しばらくは、ブリ婆さんの台所、ストーブの前でぬくぬくしていたい気分かな」
「ああ、モルンの言う通りだな。たぶん、明日か明後日にはな。そんな匂いがする」
「匂いでわかるのか?」
ルーベンが海を見渡したままで、パエーゼの質問に答えた。
「ああ、天気が変わる潮の匂いだ。明日は出れるかどうか。くそっ」
「ねえルーベン、海が荒れてる時は、魚たちはどうしているんだろう?」
「ん? 俺たちがとる小魚は、みんな沖の深いところに行っちまう。明日がギリギリ、明後日から数日は漁にならない! パエーゼ! 終わったらちょっと飲むぞ、おまえも付き合えよ!」
そう言って、ルーベンは漁具の整備に小舟へ大股で歩いていった。
「ルーベン、ピリピリしてるね」
僕が、ルーベンの後ろ姿を見てつぶやく。
「まあ、娘が生まれたばかりだからなぁ。少しでも稼ぎたいんだろうな。今日はルーベンとウンディチに付き合ってやるから、訓練はテオとモルンふたりでやってくれよ」
パエーゼは、ルーベンを手伝いにいった。
「じゃあ、僕らは帰って訓練だ。風魔法でさ、雨に濡れないように出来ないかな」
「うん、ボク、濡れるのキライ。風より、土魔法で頭に屋根作ったらどうかな」
「うーん、それって頭が重くて歩けないと思うよ?」
僕とモルンは、やっぱり顔を洗っている他の猫たちに手を振って、砂浜から坂を登っていった。
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