そうなるよね


 翌日から、キアーラが全ての訓練を見てくれることになった。

 魔術師ノ工舎のことも教わる。


 魔術師には階級があり、ガエタノとキアーラは魔術師の中でも『金ノ魔術師』といわれる最高位。

 パエーゼの『魔術修学士』は下から二番目の階級で、今は次の『魔術師ノ補』になる試験に向けて訓練中。



「ガエタノが魔術師になれと言っているのなら、いずれはテオを魔術師ノ工舎に送るつもりでいるでしょう。それまでは、基礎をしっかり訓練する必要があるわね」


 キアーラの言葉に、パエーゼが暗い顔をした。


「最初から魔術師ノ弟子。その歳でか。くそっ、才能か」

「あら、パエーゼ。あなたも『その歳で』よ。何のためにアントン村まで訓練に来ていると思っているのかしら。魔術師としての才能があるから、工舎が予算をつけてまで送ったのよ。もっと自信を持ちなさい」

「え?」

「ねえねえ、ボクもガエタノの弟子だよ。ボクも魔術師ノ工舎にいける?」

「うーん、人種以外で、魔術師ノ工舎に入ったものはいないわね。言葉が話せるものがいなかったから? 魔術師としての才能はモルンも十分にある。まるっきり駄目ってことはないでしょう。あとは工舎の頭の固いじいさん、ばあさんが認めるかね」

「じいさん、ばあさん? モルンはブリ婆さんにも、村のお年寄りにも可愛がられてるから、大丈夫だね」


 僕の答えにモルンは喜んだが、キアーラとパエーゼは肩をすくめていた。



 僕とモルン、パエーゼは、三人で剣の訓練を行うことになった。僕はちょっと心配になった。


「でも、二人でモルンを追いかけると、モルンが大変じゃない? まだ子猫だよ」

「それはそうねぇ」


 僕の心配にキアーラも、モルンを見てうなずく。


「ボクにいい考えがある!」


 そう言って、モルンが家の周りで見守る猫たちの所に駆けていく。モルンの周りに猫たちが集まる。猫たちと何事か相談しているようだ。


「みんなが、手伝ってくれるって!」


 モルンが、二本足で立ち上がって両前足をふる。尻尾もクネクネと動かして、大きな声をだしてくる。



 五匹の猫が、訓練に参加してくれることになった。キアーラの発案で、猫たちを捕まえれば人の勝ち。人の背中に抱きつけば、猫の勝ちと決められる。


「いい? 始め!」


 僕とパエーゼが、同時に猫めがけて走った。



 猫たちは、これまでずっとモルンを見守っていた。もちろん、僕とモルンの追いかけっこも見ていた。

 あしらい方を覚えたようで、二人がせまってくると、ススッと身をかわす。


 パエーゼの動きは速かったが、それでも捕まえられない。僕とパエーゼは、目の前にいる猫を狙う。かわされると、手近にいる別の猫を目標にする。



「ニャ! ニャニャ!」


 モルンが、ひとり離れた所からみんなの動きを観察していたが、鋭い声をかけ始めた。

 え? てんでんばらばらに動いていた猫たちが変わった?


 三匹一組となって、僕とパエーゼの足元を囲み、それぞれが牽制する。一匹が追いかけられた隙きに、残りの二匹が背後から飛びかかる。

 僕とパエーゼの背中、ほぼ同時に猫たちが飛びついた。


「アアッー!」

「ギャー!」


 僕とパエーゼは、猫たちを背にのせたままで四つん這いになり、悲鳴をあげた。

 キアーラが声をかける。


「猫たちの勝ち! ……ふたりとも、どうしたの?」

「せ、背中が!」

「つ、爪がぁー!」


 キアーラが、僕らの背中から猫たちを下ろして、服をまくり上げた。


「あ!」


 僕たちの背中には、それぞれ二匹分の前足と後足の爪痕つめあとがつき、血を吹いていた。


「くっ! くふっ!」


 キアーラが笑いをこらえてる。


「キアーラ! 笑ったでしょ! 笑ったでしょ! 痛いんだからっ!」


 僕の声に、パエーゼが目に涙をためてうなずいた。



 キアーラの治癒魔法で血は止められたが、モルンたちとの訓練は中止になった。


「せ、背中を守る防具がいるわね。くくっ! 革鎧みたいなものを考えるわ」

「テオ、ボクたちが爪を立てるのはしかたないよ。それより、みんなにおやつがもらえない? 手伝ってくれたら、おやつをもらってあげるっていったんだ」



 僕は、ブリ婆さんから茹でた羊肉をもらってきて、猫たちに食べさせた。

 うん、猫たちを見る目がうらめしげだと、自分でもわかるよ。



 次の日には防具が用意されて、訓練が再開された。が、手伝いを希望する猫がどんどん増えていった。




 その夜、魔法書を読んでいた僕に、モルンが真剣な声で質問した。


「テオ。ボクって、ボクって、ちっちゃい? ヘン?」

「モルン。そうだな、モルンと出会ってもう三月みつきくらい? ミーアの他の子たちは、だいぶ大きくなってるね」

「ボクはヘンなのかな?」


 モルンは、尻尾の先を小さく動かす。


「ヘンじゃないよ。僕もずっと考えていたんだ。猫は生まれてから、一年で大人になってるよね。人は大人になるのに十何年もかかる。僕とモルンは一緒に生きていく。だからモルンは、僕に合わせてくれてるんじゃないかな。じゃないと僕より先に、モルンは死んじゃう」

「ボクが、先に死んじゃう?」


 僕を見るモルンの尻尾が、体の下に巻き込まれた。


「うん。でもそれじゃあ、一緒に生きていくことには、ならないんじゃないかな」

「そうなの?」

「うん。今日の訓練、モルンの動きは他の猫たちに、大人の猫たちに負けてなかった。子猫なら、あんなに速く動けないと思う。順調に成長しているんだと思うよ。時間をかけて成長していくんだ」

「じゃあ、ボクもおっきくなれるのかな?」

「それはどうかな? ずっと子猫のままかも」

「ええっー!」

「うそだよ。大丈夫、大きくなるよ。そういえばさ、『変化』する感じってまだある?」

「あるよ。うん、きっと成長するってことなんだね。もっと大きく成長するんだ」


 モルンが嬉しそうに言って、尻尾をゆっくり大きくふる。


「ああ、そうだね。でもそうなると、肩に乗られると大変だなぁ」

「大丈夫。大きくなっても、爪でガッチリつかまってるから」

「いや、いやいや。それは痛いと思うんだけど」

「大丈夫、大丈夫。ボクは痛くないから」

「……モルン」

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