子猫の魔法
みんなで裏庭に出る。
用意されている訓練用具を、キアーラが見て回った。木桶、樽、木箱、石、岩がまわりに並べられ、真ん中は広く開いている。
「ふーん。なかなかいい訓練場ね。簡単な旗取り戦もできそうね」
声をだしながら、攻撃魔法の的や土がむき出しになった場所を確認する。
「テオ。火弾をあの石へ」
焦げ痕がついて変形している石の板を指し示して、キアーラが僕に指示した。
僕は、うなずくガエタノを見て、石の的に手をかざして火弾を放つ。
バチンッ!
的に当たった火弾は爆発しない。石が赤く熔けて、滴が垂れている。
「長杖も短杖もなしで? ガエタノ、用意してやらないの?」
「今はまだ不要だ。魔力の操作を体に覚えさせているところだ。それになぁ、いずれにしてもモルンは持てないからな」
「モルンには無理ね。『体に覚えさせる』そういう主義でしたね。それについていってるのね。ねえ、モルンも同じことできる?」
モルンも前足を的にかざして火弾を撃つ。
ドッゴォーンッ!
僕が当てたすぐ上が、大爆発する。
「うっわぁー! 子猫が魔法を! それにこの爆発!」
パエーゼがまた驚いた声をだした。
「こ、これ火弾? 上位の火炎弾じゃないの!」
キアーラも驚いている。
的の石は吹き飛んで粉々になった。訓練場の隅には同じように焼け焦げた石の破片が積んである。いつものことだからと僕とチプリノが、破片を集めて積み上げた。
それから二人は今まで習い覚えた魔法を、キアーラの指示で次々と使う。
「ガエタノ、槍や剣は教えていないの?」
「私が不得意だからな。最初に下手な者に教わると、悪い癖がつく。剣の得意なお前に、教えてもらえないかと思ったんだが」
「いいわ。私が教えます。でも、モルンにはね。どうしようかしら?」
「ボクは剣を持てないからね。うーん、剣を使うのもかっこいいかな? 猫の剣士!」
「……ではテオだけ、いえ、ちょっと面白いことを思いついたわ。剣の訓練にはモルンも参加ね」
魔法と剣の訓練について話すみんなを、パエーゼは暗い顔をして見ていた。
みんなで夕食を済ませると、パエーゼは、チプリノの案内で村に用意された下宿に向かった。キアーラはガエタノの家に住む事になっている。
キアーラが荷ほどきを終えて、書斎でガエタノと僕、モルンが話しているところにやってきた。
「この時間はどんな訓練をしているのかしら?」
「ふむ。この時間は三人で話しをする時間なんだが。しばらく座って聞いていてくれ」
「話し? 昼間の反省会ってことかしら」
僕の膝上でモルンが毛づくろいをしているのを見て、キアーラがほほ笑む。
「で、テオ、どうだね?」
「もうほとんど僕。別なものは、もうはっきりわからない」
「ふむ、モルンは?」
「ボクはボクになったよ。あと、最近ちょっとおかしな感じがするんだ。二本足で立つことが増えたのと、うーん、ときどき、体が伸びたり縮んだりするような感じ」
「モルンたちは、抱き上げると、ビローンって長くなるよね? それ?」
「そうじゃない、テオ。それとはちょっと違う。『うーん』と伸びをする感じじゃなくて、体が『ボボンッ』て大きくなる感じ? うまくいえないけど」
「ふむふむ。テオは、モルンのような体が変化するような感じはないのか?」
「あ、それ! 『変化』が近いかなぁ」
「モルンのように『変化』ってのは感じないな。それより気になるのはモルンの大きさかな」
「だから大きくなる感じがするんだって」
「いや、そうじゃなくて。モルンは火事の時からほとんど体の大きさが変わっていないんだ。いくらかは成長したけど。ドゥーエの、ミーアんとこの子たちは、倍以上に大きくなって、ほとんど大人なのに。子猫のままだ。ちっちゃい」
モルンが驚いて、瞳孔が開き口も半開きになって、僕を見あげる。
「ち、ちっちゃい?」
キアーラが、モルンの表情を見て吹きだす。
「キアーラ。テオとモルンは、火事にあってひどい火傷をおった。モルンのために、テオが、知らないはずの治癒魔法をつかった。その時にモルンに魔力を分け与えたらしい。言葉を話したり、魔法が使えるようになったのはそのせいなのでは、と研究している。こうして毎晩様子を聞いている」
「魔力を分け与えたって、魔力譲渡? この子ができるの!」
「ああ、偶然らしいがな」
「それって、大変なことなの?」
僕の質問に、キアーラがうなずいて、僕とモルンを交互にみた。
「魔力譲渡は古い文献に出てくるだけで、誰も出来ないのよ。……これからの訓練も注意したほうがいいかしらね。ねえ、テオはいくつ?」
「僕? 十歳だよ」
「そう十歳。でも、ガエタノが子どもを作って、自分の弟子にしていたなんてね」
キアーラが、チラリとガエタノの様子をうかがう。
「私の子ではない」
ガエタノが、意味ありげにキアーラを見た。
「え? じゃあテオは? 十歳、十年前、あ!」
「フェドーラの子だ。ヴァスコとフェドーラのな」
キアーラは僕を見て、口元を押さえた。
「フェドーラはこの村に眠っている。テオドロス、明日おまえを連れて行こう」
ふたりは両親のことを、それ以上話してくれなかった。
翌日の朝食後、パエーゼも加わって、僕の母親の墓参りに村の南外れにある共同の納骨堂に向かった。
「テオ、ここがお前の母親フェドーラの墓だ。ここに葬られている」
そこは村で亡くなった者が、いっしょに納骨される石造りの大きな建物だった。
僕は持ってきた花を供え、頭を垂れた。僕の肩の上でモルンも同じように頭を垂れる。
「今まできちんと話してやらなかった。私にとっても辛い思い出なのでな。……お前の父親、ヴァスコは王都リエーティで亡くなったそうだ。ヴァスコが亡くなると身重のフェドーラが、私を頼ってアントン村にやってきた。だが、彼女もお前を産んですぐに、亡くなってしまった。ふたりとも大切な友人だった」
僕は沈んだ表情のガエタノを見上げた。
「ヴァスコとフェドーラ?」
パエーゼは、小声でつぶやいた。
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