やってきた二人の魔術師
その後の僕とモルンの日常は、あまり変わらなかった。
魔法の訓練に加わるモルンも、初歩の魔法書にある詠唱は、全部できるようになった。ふたりの競い合いは訓練にいい影響を与えている。
「でもさ、モルン。敵討ちとか言ってるけど、本当に火は怖くないの?」
僕の質問に、モルンが樽の足場から火弾を三連発で放って、大きく爆炎をあげる。爆発音は村の迷惑になるので、日中しか撃てない。
「大丈夫。最初は怖かったけど、もう慣れたよ。もしボクが燃えたら、またテオに治してもらうから安心、安心」
僕は、思わず苦笑いしてしまう。
「あの時はそうだったね。憶えているかな、ガエタノが治癒魔法は教えないって言ったの。魔法書はないし、お願いしても教えてくれないし。だから、治癒魔法は習っていなくてね。もちろん火事の時も知らなかった。あの時は、偶然治せたんだ」
その瞬間に、モルンの火弾が的に当たる前に爆発した。ギギギと音を立てているように、モルンの顔が僕に向けられる。
「え? ぐ、偶然? それって」
「うん、今度火傷しても治せるかどうか」
モルンの火魔法は、数日間封印された。
ガエタノから体力をつけるために外での運動や魚運び、塩田の海水運びなど力仕事を命じられている。
モルンは革製の装具で小さな荷車を引いて、量は少ないが荷運びを手伝う。
もちろん、魚運びは手伝わない。つまみ食いをしてしまうモルンは、他の猫たちとの追いかけっこだ。
魔物騒ぎから二カ月ほどたった。
僕が塩田で塩運びを手伝っていると、騎馬の集団と二台の馬車がやってきた。塩田脇の街道を村の方へと通っていく。
一台の馬車は窓が一つもない。木の箱に車輪が付いたようなもので、四頭引きで重そうだった。
騎馬は全員が剣を鞍の脇に吊るしていて、槍を持っている者もいる。
僕とモルンが、海水運びを終えた。
家に帰る道の途中で、ガエタノの家の方から先ほど見かけた馬車と騎馬がくだってくる。道の端によけた僕たちに、騎馬の声が聞こえてきた。
「休みなしかよ」
「急ぎの荷だ。我慢しろ」
「どのみち、この村には小さな雑貨屋しかないんだ」
「宿もない。田舎だな」
そんな会話をしながら通りすぎていった。
家に帰り着くと、チプリノが二頭の馬を裏庭に連れて行くところだった。
「ただいま」
「お腹すいたー」
家の中に入ると、ガエタノの声が響いてきた。
「テオ、モルン、応接室に来い」
モルンを肩にのせた僕が応接室に入ると、二人の客がいた。
一人は栗色の巻き毛で茶色の目の落ち着いた感じの女性。ベッティの母親ダーリアぐらいの年かな。ガエタノのものと似たローブ姿で、胸に銀細工で飾られた金の大きなメダルを、金銀鎖でさげている。
もう一人は若い男性で、濃い茶色の縮れた髪。笑ったような茶色の目。こちらは銀鎖に女性のものより小ぶりな銅製のメダル。
「これがテオとモルンだ。こっちは魔術師キアーラと魔術修学士パエーゼだ」
「こんにちは、初めましてテオドロスです」
「こんにちは、モルンです。よろしくね」
「ほ、本当に猫がしゃべってる!」
名乗ったモルンに、若い男性パエーゼが驚愕する。キアーラは栗色の巻き毛をかきあげ、優しくほほ笑んだ。
「確かに驚きですわね。魔物の侵入を教えてくれたのでしょう? 優秀なのね」
「ふん、まだ訓練を始めたばかりの弟子たちだ」
「弟子!」
パエーゼが大きな声を出した。
「この子どもと、子猫が? 魔術師ガエタノの、弟子?」
「へぇ、弟子を取ったのですね。ガエタノ、少し変わられたみたいね」
キアーラの言葉にガエタノは肩をすくめた。
弟子、修学士、魔術師。
魔術師にもいろいろあるのかな?
「コホン。テオ、モルン。キアーラはアントン村に私の後継としてきてもらった。これからは結界魔道具の管理を引き継いでもらう。お前たちの訓練も手伝ってもらう。パエーゼは昇進試験のためにきた。おまえたちといっしょに管理も覚えてもらう」
「テオ、モルン、よろしくね。では早速、お手並みを拝見しましょうかしら」
「キアーラ、旅の疲れは大丈夫か?」
「あら、お優しい。ガエタノから、そんな優しい言葉をいただけるとは思わなかったわね」
ガエタノは再び咳払いをして、あらぬ方をみた。
「この子どもと子猫が、弟子? 魔術師ノ弟子?」
パエーゼは放心したように、僕とモルンを見ていた。
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