お手柄のごほうび


 暴れる引き馬がなだめられ、隊商は猫たちに周りを囲まれて村の広場にはいった。

 隊商とすれ違う村人が、荷馬車に積まれた氷漬けの魔物を見て、あわてて村じゅうに知らせに走っていく。

 ふたつの亡骸は、隊商の者が丁重に布にくるんで運ばれた。隊商の者たちは、皆声もなく沈んでいる。

 広場を囲むように馬車が並べられた。引き馬の中には大量の汗をかき、恐怖が残っているのかブルブルと震えが止まらないものもいた。



 いつもであれば、隊商が到着すれば村人が買い物のために集まってくる。だが、馬車で運ばれてきた氷漬けの魔物に驚き、誰も近づいては来なかった。


 猫たちは、馬の世話をする隊商の者たちから目を離さず、遠巻きにして毛づくろいをしている。


「怖かったり、驚いたりしたら、ボクたちは毛づくろいをして気を落ち着かせるんだよ」

「そうなんだ。手伝って毛並みをととのえてあげようか?」

「だめー。みんなに怒られるよ。汚れてるんじゃないからさわらないであげてね」

「わかった」



 ガエタノが隊商の頭を連れて村ノ長の家に入っていく。しばらくして、事情を聞くために何人か呼ばれて入っていった。

 


 長の家から出てきたガエタノは、隊商に指示をだした。結界魔道具のある塔の前に、氷漬けになった魔物の馬車が運ばれる。その前に木箱が置かれる。

 馬車のとなりに大きなテーブルが運び込まれ、二人の亡骸が並べられる。誰が用意してくれたのか、花束が供えられた。

 村ノ長の指示で、隊商を待ち受けていた人以外の村人も集まってきた。



 ガエタノは、魔物を背にして用意された木箱の上に登り、村人の前にたった。僕と肩にのるモルンも段に上げられた。


「今日、隊商が魔物を村に入れた。この氷漬けになっている魔物、狂熊だ。私が息の根をとめた」


 ガエタノの説明に、村人と隊商の者は改めて氷漬けの魔物をこわごわ眺めた。


「だが、隊商は決して魔物と知っていて、運び込んだのではない。道中で隊商の子どもが子犬をひろった。やせ衰えて弱った子犬を」


 隊商の者たちは、何のことだ、あの子犬のことか? と小声で話しあっている。大きくなる話し声を、ガエタノがジロリとにらんだ。


「熊の子は、犬の子に間違えられることがある。その子犬は狂熊の幼体だった。結界を通りぬける時に暴れ、積み荷の赤珠から魔力を得て凶暴化したのだろう。御者とその子ども、子犬を拾った子どもは狂熊に喰われた」


 狂熊の前に安置された亡骸を指さした。隊商からはしわぶきひとつ聞こえなくなった。



 ガエタノはみんなを見渡し、僕の背を押して一歩前に進ませる。


「村の者は知っているが、改めて紹介しよう。私、金ノ魔術師ガエタノの二人の弟子、テオドロスとモルンだ。モルンはこのテオドロス、テオの肩の上にいる子猫だ」


 隊商の者たちは、モルンを見て不思議そうな顔になる。

 ガエタノが自分の弟子だと言ったことで、みんなは一斉に僕を見てきた。急にドキドキしてくる。


「モルンは、村に魔物が入り込んだことにいち早く気がついた。他にも気がついたものたちがいる。村じゅうの猫たちだ」


 ガエタノが、腕を振って周りを示す。村人が驚いて見回すと、猫たちが広場を取り囲むように、いろいろな物の上に座っている。


「モルン、何を感じたのか説明しなさい」


 ガエタノに促されたモルンが、僕の頭に片足をかけて、肩の上で立ちあがった。


「ボクたち猫は、危険なものを感じることができます」


 人の言葉を話しだしたモルンに、隊商の者たちと一部の村人がざわめく。言葉を話すことを知らなかった、信じなかった村人たちもいたからだった。


「ボクは大きな悪い魔力を、他の猫たちも危険なものが村に入り込んだことを感じたのです。ボク以外の猫たちは、人の言葉が話せません。近くにいた人に危険を知らせたのですが、わかってもらえませんでした」


 村人の何人かは思い当たることがあったようで、猫たちを見て、納得して大きくうなずいている。


「ボクは、テオとガエタノに知らせました」


 そう言うとモルンは僕の顔に頭をこすりつけた。ガエタノがモルンの後を引きついだ。


「このモルンと猫たちのおかげで、狂熊を村の入り口で始末することができた。村人には被害が出なかった」


 村人たちは改めて猫たちを見た。


「猫たちは、ネズミを捕まえてくれるだけではない。危険を感じ取って知らせてくれる。村ノ長とも話した。猫たちには褒美を出してもらう。これからもみんなで猫たちを大切にしてやるように」


 周りに座っている猫たちの顔が自慢げな表情になったように見えた。



 親方をはじめとした村の猫たちには、村ノ長からお礼として羊の肉が振る舞われた。

 また、それぞれの家でもご馳走がもらえた。ただし、ネズミを取らなくなると困るという意見も尊重し、毎日のご馳走はだめだというお達しもでる。


 村の猫は以前にもまして大切にされ、かつての僕みたいに、猫をいじめる子どもは大目玉を食らうようになった。

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