入り込んだ悪いもの


「モルン、なにがいるって?」


 玄関に二本足で伸びあがるモルン。猫たちの激しい鳴き声が、村の方から聞こえてくる。

 モルンは金と青の目、まん丸に開いた目で僕を見あげ、玄関から家の中に勢いよくもどった。


「あ、モルン!」



「ガエタノ! ガエタノ! いるよ! 変なのきたよ!」


 僕が追いかけると、大声をだしてガエタノの書斎の扉をガリガリと引っかいている。


「ガエタノ! モルンの様子がおかしいんだ! 入るよ!」


 僕も声をかけて、扉をひらいた。


「なんの騒ぎだ?」

「魔力が、魔力が大きいものがいる! 悪いもの! 食べられちゃう! ケッカイの中にいる!」

「魔力? 悪いもの? なんだ?」

「魔物! 魔物だよ! ケッカイの中にいるんだ!」

「なんだと! 魔物! どこだ!」

「あっち! あっちのほう!」


 モルンは立ち上がって北の方角を前足で指し示した。ガエタノは、北とモルンを交互に見て、ひとつ大きくうなずく。


「モルンならそういうこともあるか。テオ、一緒にこい!」


 ガエタノは壁に掛けられていた長い杖を手に取り、長剣を腰の革帯に差し込んだ。一緒に掛けられていた短い剣をテオに渡した。


「教えていないが、ないよりはましだろう!」



 三人は坂を駆けおり、村の広場にむかう。


「来るよ! こっちに来る!」

「モルンが遅い! テオが連れていけ!」


 モルンは、家を出る時は自分で走っていた。


「乗って!」


 僕が、モルンに左腕を差し出す。モルンは、僕が剣をかついでいない左肩に駆け上がってきた。そのまま北の塩田へと広場を突っきる。


 僕は村の家並みが切れる辺りで、一緒に走るものに気がついた。

 なんだ?

 目の隅にチラチラと何かが動く。さっと視線を巡らせると、親方を先頭に、村の猫たちが両脇を走っている。


「猫たちが!」



 隊商の荷馬車が、列を作って塩田の横をこちらに向かって進んでくるのが見えた。モルンがさけぶ。


「あのなか! あの大きな箱! うしろの方のにいる!」


 ガエタノが、荒い息をしながらも大声をあげた。


「とまれー! 魔術師ガエタノだ! その隊商とまれー!」


 先頭の馬車から指示が飛んで、隊商の馬車が停車していった。後ろの馬車からは、急に止められたことをののしる御者たちの声が聞こえてくる。

 その時、まん中あたりの馬車から大声がした。


「うわー! なんだぁ! 火がでたぁ!」



 ガエタノと僕、モルン、そして猫たちが隊商と護衛の脇をすりぬけた。


「わわっ!」


 走り抜ける猫の群れに、護衛と御者たちが驚いている。

 叫び声がした馬車では、御者が振り向いて、汚れた幌がかけられた荷台を覗きこむ。その瞬間に、黒く長い煙のような固まりが御者を包んで荷台に引きずりこんだ。


「テオ、とまれ! 気をつけろ!」


 ガエタノの声に、僕は立ちとまった。

 ガエタノが馬車に近づくと、屋根の幌が大きく波打ち、外側に膨らんでちぎれとぶ。荷台から黒い煙があふれだし、太く細く脈うつ。


「くっ!」


 ガエタノは右手で剣を抜き、左手に長杖を掲げて身構えた。


「モルンが感じたのはこいつか? 魔物? 煙?」


 僕は、あたふたとぎこちなく短剣をぬいた。その肩の上でモルンが、毛を逆立ててつま先立ちになり、うなり声を低くもらす。

 引き馬がさおだちになった。ガエタノがみじかく詠唱して、引き馬をしずめる。うしろに続く馬車は、混乱して塩田の中へと走りこんだ。


 黒い煙の中心が、むくむくと立ちあがった。人の背丈以上の大きな塊。煙が薄いところから、黒い毛に覆われた獣のような体がちらりちらりと見える。

 腕を広げると、四方八方に太さの違う煙の触手がのびていく。

 猫たちが、周りを取りかこみ「シャー」と威嚇する。


「猫たちをねらってるよ!」


 触手が尖った形になり、猫たちを突き刺そうとサッとはしる。

 猫たちはヒラリヒラリとうまく身をかわす。黒い煙はふわふわとした見た目とはちがい、まるで槍のように地面に突きささった。


「さがれ、猫たち!」


 ガエタノがそう命じて、黒い煙に近づいた。触手は自分に敵意を向けるガエタノに、布が巻き付いた木材を投げつけてきた。

 飛んでくる木材をガエタノが長杖で払いのける。木材と見えたそれは、干からびて大きく口を開けた人間だった。

 もう一つ、小さな亡骸がガエタノに投げられた。


「このっ!」


 ガエタノが亡骸と触手をかわしながら、長杖を突きつけて素早く詠唱した。立ち上がった魔物の体が霜で真っ白になり、凍りつく。黒くのびた煙まで、みるみるうちに大きな氷に包まれた。


狂熊きぐまか!」


 荷台の上で氷漬けにされた魔物の姿に、ガエタノが吐きすてた。氷魔法をさらに三度重ねがけして念をおす。



「モルン! おまえは魔物を感じられるんだな! 他にもまだいるか!」

「いない! もういない! こいつだけ!」


 モルンが僕の肩の上で答える。周りの猫たちも同意するように大きな鳴き声をあげた。猫たちの毛は逆立ち、尻尾を大きく太く膨らませたままだった。


 ガエタノが、遠巻きにした猫たちの中心で投げつけられた亡骸を見つめる。剣と長杖を持つ手が小刻みに震える。怒りの形相で真っ赤になる。

 先頭の馬車に向けて、雷のようにとどろく声を張りあげた。


「隊商のかしら! どこだ! 魔物を持ち込みおって!」

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