おしゃべりな猫
「ガエタノ、モルンが話せることは、他の人に教えても大丈夫かな?」
「そうだな、大丈夫だろう。テオ、おまえは自分が村で、何と呼ばれているか知っているのか?」
「僕が?」
「ああ、おまえがだ。奇跡の子。みんなそう呼んでいる。丸焦げになった猫を生き返らせた、とな」
「は?」
「だからおまえが話のできる猫を連れていても、害は受けないだろう。好奇の目で見られはしてもな。おまえの機嫌を損ねたら、いざという時に奇跡を使ってもらえないからな。治してもらいたいなどの願いは、私と村ノ長でおさえている。だが」
僕は、ガエタノの続きをまつ。
「アントン村には教会がない。領主が、アントン村に置かせていない。もし、よその街や領地で教会に知られれば、問題になるかもしれん」
「教会?」
「ああ、勝手な理屈をつけて騒ぐ奴らだからな。それよりもさっきのことだが」
ガエタノは、意識たちとどんな会話がされたのか、詳しく語って聞かせてくれた。
「その意識たちの正体については調べてはみるが、混じり合ってしまえばわからなくなるだろう。悪いものではなさそうだが、気をつけていることにしよう」
その日から、モルンも魔法の訓練を始めた。ふたりの間で質問や感想が飛び交い、にぎやかな訓練になる。
「この赤珠なら大きさは同じくらいかな」
「うん。じゃあキョウソウ、きょうそう」
「よし! どっちが速くこの五個に充填できるか! よーい。始め!」
「ボクの勝ちー!」
「いや! 僕だよ! 僕の方が速かった! 僕の勝ち!」
「ボクだよー!」
「僕! じゃ、もう一回! 今度は吸収して充填! よーい、始め!」
チプリノに手伝ってもらい、庭に訓練場を作った。
裏山に続く斜面をけずり、攻撃魔法の的として木の杭を立てる。もう使わなくなった樽や桶、木箱、石板を積みあげたり、立てかけたりする。
モルンが、前足をあげて、石板の的に向けて火弾を放つ。的に当たると大きく爆発した。
「ねえモルン。モルンの火弾は派手に爆発するね」
「いいでしょー! おっきな爆発―! あの火事のかたきうちー! でっかい火でかたきうちー!」
「いや、モルンさん、よくわからんのですが。でもね、僕は火弾なら、温度が高い方がいいと思うんだけど」
僕が手を向けて放った火弾は大きく爆発はしなかったが、的の石を赤く溶かした。
「ええー。やっぱり大きな爆発!」
「でも、温度が高いほうが、威力は大きいはず!」
「そうだろうけど。ん? あ、ねえテオ。ボクが『どーん』って爆発させて注意を引いて、テオの高い温度で相手をやっつけるってのは?」
「注意を引いて? あ、煙幕に使えるかな。よし同時に撃とう!」
的が爆発と着弾で小刻みにゆれる。
「もっと工夫できそうだね。二人で攻撃する方法をいろいろ試してみようよ」
「うんうん、二人でいっしょに!」
数日経つうちに、ブリ婆さんもチプリノも、モルンが言葉を話していることに慣れてきた。
「ねえ、ねえ、ブリ婆さん。今夜のお魚、美味しかった! あんまり塩辛くなかった!」
「そうかい、ありがとね。モルン用に少し長く塩抜きしたからね。明日はこれでパイを焼こうかね」
「やったー! ボク、パイ大好きー!」
僕は、ブリ婆さんと話しているモルンを見てほほ笑んだ。
僕とモルンが、笑い合って村の道を歩いていく。
ふたりを見た人々は、最初はどこが変なのか気がつかない。モルンが「こんにちは」とあいさつすると、驚いた顔を貼り付けたまま、みんな同じように固まった。
「あ、ベッティだー! こんにちはー!」
ベッティは、僕のあたりからした聞き慣れない声に、キョトンと立ち止まった。
「あ、ああ、テオ、こんにちは」
「こんにちはベッティ。農場にお手伝い?」
「う、うん」
ベッティは横目でモルンをみる。
「こ、こんにちは、モルン。元気?」
「うん、元気だよー! 今日はお天気だから、農場は気持ちよさそうだねー!」
「え? え? ええっー! モ、モルンがお話してる!」
「うん、ボク、しゃべれるように練習したんだ!」
「うーん、かわいい!」
ベッティは手を伸ばして、モルンのあごの下をかいた。
「ベッティのほうが、かわいいよ。今日も笑顔がとってもステキだね」
モルンが伸ばされたベッティの手を、前足の肉球でポンポンしてほめる。
「ありがとー! うれしー! ちょっとぉ、テオ。モルンを見習って、あんたもこれくらい言いなさいよ」
「え?」
僕が目をパチクリさせた。
「うーん、モルンかわいい!」
この日から、ベッティは会うたびに、いつまでもモルンとおしゃべりをするようになった。
ドゥーエたちも驚いた。
「ねえねえ、モルン。ミーアの子どもたちがなんて言っているのか、教えてくれる?」
「うん、いいよ」
しばらくモルンと子猫たちが「ニャア」「ニャア」会話して、ドゥーエに答えた。
「あのね、お魚はきらいじゃないけど、お魚よりお肉を食べたいって。お腹いっぱいお肉を食べたいんだって。それと、ほぞん肉は、もっと塩辛くないようにしてって」
「え? ええ、わ、わかったわ」
ドゥーエの笑顔がひきつったものになった。
ガエタノから、そろそろ隊商が来る頃合いだと聞いた二日後のことだった。自室で充填と吸収の訓練をしている時に、急にモルンが顔をあげた。
「変だ! なんか変だ!」
「どうしたモルン?」
モルンは自分用の扉から飛びだしていった。
「モルン!」
僕が追いかけて玄関までくると、モルンが村の北を見つめ、二本足で立ち上がっていた。
「いるっ! いるよっ!」
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