どうしたの?
モルンの様子が、生活する中でも違ってきた。
いままでは小さい赤珠を転がして遊んでいたのが、赤珠に前足の肉球をのせたままでじっとしている。
「どうしたモルン。僕のまねかい」
「ミギャァ」
黒い赤珠が、うっすらと赤くなった。
「え?」
モルンが僕を見上げて小首をかしげる。そのままでいると赤珠が黒くなった。
「ミギャ」
「……できるのか?」
モルンは赤珠にのせていた肉球を、てしてしと舐めた。僕は慌ててモルンを抱き上げて、ガエタノの書斎にいった。
「ガエタノ! モルンが充填と吸収をした!」
「なにを言ってる」
ガエタノは書き物の手を止めた。
僕はモルンを机に下ろし、赤珠を目の前に置く。
モルンは赤珠の匂いを嗅いでまたぐと、前足で砂をかける動作をした。「ニャー」と声を出し「なにか?」というように僕を見上げた。
「テオ。どうしたんだ?」
「モルンが、この子が赤珠に手をかけて、赤珠に魔力充填したんだ! すぐに吸収して赤珠は黒くなった!」
「ニャー」
「この子猫がか?」
「モルン、もう一度やってみて」
そう言われたモルンは、僕が自分の前に置いた赤珠を、前足でちょいちょいと突っついた。コロッと転がった赤珠に、おしりを振って飛びかかる。
「テオ?」
「さっきは確かに充填したんです! 吸収も!」
「……」
モルンは赤珠を前足で転がして、机から落とした。
次はガエタノの書いていた羊皮紙の下に何かがいると、覗きこんでお尻をふる。ガエタノが不思議そうに見ていると、羊皮紙の下に飛び込んでいった。
「あ! こら! テオ! この子を連れていきなさい!」
ガエタノが、モルンの上から慌てて羊皮紙を取り上げ、僕をにらんだ。モルンを抱きあげて、退散した。
部屋に戻るとモルンを机の上に下ろす。僕は、椅子に腰掛けて大きくため息をついた。
「ニャ」
モルンは机の上で僕を見て鳴く。黒い赤珠を、前足が届くところに置いてやる。
「モルン、もう一度やってみせてよ」
肉球を赤珠にのせて、僕を見つめる。
「ミギャァ」
赤珠はほんのり赤くなった。ガエタノのところに戻ろうとして腰を浮かせたが、思いとどまった。
「ふー。どうしてそれをしなかったのかな」
「ニャ」
「他の人には知られたくないのかな」
「ミギャ」
また、赤珠を明滅させた。
考えられるのは、火事場での治癒だろうな。
ガエタノは、目の色のことは「わからん」とだけだったけど。あの時、僕の魔力で治したことが、他の意識たちとの融合に似たものだったとしたら。
僕とモルンが融合した、そう考えればモルンの様子にすこし納得がいく。ドゥーエとセッテ、ミーアと子猫たちはどうだろう?
それから一緒に魔法書を読み、一緒に充填と吸収の訓練をした。机の上に出ている最初に読んだ魔法書を、前足で押さえ「ニャン」というので、復習を兼ねて再読する。
穀物粉に、塩、卵、水、オレアの油を加えてよく練る。
細切りにして三日寝かせて熟成させる。食べる時にさっと茹でる。
保存肉と根菜でスープを作り、茹でた細切りを入れて少し煮込む。仕上げに削った羊乳のチーズをたっぷりかける。
アントン村特産、小魚のオレア油漬けが味の決め手だ。これがブリ婆さんの自慢料理。
お昼にブリ婆さんの自慢料理を、モルンと仲良く食べた。
食べ終えると、ガエタノに外出するとことわって、ドゥーエを訪ねた。ドゥーエはお使いでいなかったので、母親にその後の様子を聞いてみる。
「もともとミーアはおとなしくて、賢い子だったけど。火事からはもっと賢くなった気がするのよ。今もテオとモルンがくるちょっと前から、玄関の戸の前で待ってたわ」
ドゥーエの母親が答えてくれた。ドゥーエとセッテ、他の子猫たちには別段おかしなところはないという。モルンが、子猫たちと遊んでいるのを見ていて気がついた。
「他の子は、もう大きくなってきたんだね。モルンはあまり変わってないけど」
「あら、そうね。みんなよく食べ、よく寝て、よく遊ぶ。元気な子たちよ。ドゥーエもセッテもね」
「よかった。また、様子を聞きに来ますね。あ、そうそう。ドゥーエが、夢にうなされるとかない? セッテがぐずりやすくなったとか?」
「ううん、ドゥーエもセッテも元気いっぱいよ。どうして?」
「火事とか、悪い事があったあとは、具合が悪くなることがあるんです。急に火事のことを思い出して怖くなったりとか。お母さんとお父さんもドゥーエとセッテを心配したことで、心に傷をうけているかもしれません」
「心に傷? 思い出すとドキドキするけど気分が悪くなるとかはないわね。新しい家のことで手いっぱいね」
「できるだけ家族一緒にすごして、もう安心なんだ、もう大丈夫なんだと話し合ってください。火傷は治せたけど、心の傷は家族が注意しなくてはいけません」
これは、意識たちから伝わってきた知識だ。僕自身の心は、意識たちが静めていてくれるそうなんだ。
ドゥーエの家を出ると、モルンが服から這いだしてきて、僕の肩の上にのった。
僕に顔をこすりつける。
「ふふ、甘えてるのか?」
「ミギャ」
モルンが小さく鳴く。
それからしばらくは「ギャ」とか「グッ」、「アー」、「オオン」などと、声をだす。
「どうしたのモルン、変な声だね。喉に骨が引っかかってる? お昼に大きな魚は出なかったはずだけど。大丈夫?」
僕は肩に乗っているモルンの背中を、トントンと軽く叩いた。
「グッ、ケェ、オッ、ケッ、ケェ、ケェオ……」
「急いで帰ろう。走るから肩から下りてこい、ほら」
僕は、手を差し伸べてモルンを肩から下ろそうとした。
「テオ」
「え?」
「テオ、テオ」
耳もとでした声に、僕はモルンを見ようと首をまわした。
「もう一度言ってごらん、モルン」
「テオ。モ、モル、モルン」
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