魔術師の仕事
魔物よけ、魔法結界の魔道具。
その管理について書斎でガエタノから教えを受けた。ガエタノは新しい羊皮紙の束を僕に渡し、筆記用具を用意させた。
「テオ、なぜ魔法を学びたいと思った?」
「なぜ? あまり深く考えたことはありません。役に立ちそうだ、面白そうだと……いえ、役に立つ事を知っています。とても興味深いことも知っています。だから学びたいです」
「ふむ。どうやらおまえとはいろいろ話をする時間も作らねばならんようだ。そうだな、毎日夕食後に話しをするとしよう。さて、おまえの両親は魔術師だった」
「はい」
「ふたりとも優秀な魔術師だった。おまえにも魔術師の才能がある。持って生まれたものに加えて、特異な状態にあるからな。魔術師になるのに十分な魔力の量がある」
「魔力の量、ですか? 自分ではどのくらいの量があるかわかりません」
「量は訓練でだんだんわかってくる。それとお前の両親の話は……もう少し待ってくれ。両親の才能を受けつぎ、さらに召喚魔法で何かと一緒になったおまえは、魔術師になるべきだ。生きていくには食わなくてはならん。モルンにも食わせねばな」
モルンは僕の横で、おとなしく話を聞いている。
「人は皆、働かなくてはならん。食い扶持を稼ぐためにな。魔術師になれば、おまえなら食っていくのに困らんだろう。だが、魔術師には義務がともなう。人々を守るのが魔術師の第一の義務だ」
「人々を守るのですか」
「ああ、そうだ。それが義務だ。おのれの才能を生かす喜びでもある」
僕は、黙ってうなずいた。
「魔法結界の魔道具は、アントン村の生命線だ。魔物の侵入を許せば死者がでる。アントン村の漁業、塩業、農業が立ち行かなくなり、いずれは滅ぶ。それを防ぐのが私の、魔術師の務めだ」
「アントン村には中央に村全体を守る一番大きな結界魔道具が置かれている。広場の塔だな。南と西には、その次に大きな魔道具が置かれている。南と西は山と森、もっと先は未開の森につながり、そこには多くの魔物がいる」
僕はガエタノの説明を書きとめた。
「北の魔道具は塩田を守る。漁師たちを守るのは、小舟につけた魔道具と漁師ひとりに一つ小さいものを持たせている。それぞれの赤珠の管理、魔力の充填と交換は魔術師の仕事だ。魔力が切れていないかを毎日確認させるのは、
モルンは、僕が書く様子を熱心に見ていた。書いているペンに飛びかかってくるかな。手を出さないでね。
「魔道具本体が正常に作動しているかどうか、五日から十日ごとに確認する。不具合があれば予備の魔道具と交換し、修理できるものは修理する。手に負えないものは、領主に報告して交換させる」
モルンは飛びかかるのではなく、僕のすぐ横に座りなおした。書いたものが見える位置に移動したように思えたけど。
その後もガエタノから、誰が何をしているのかの説明が続く。
「最後に、重要な点だ。村人とあまり親しくなるな。彼らは、結界魔道具が自分たちの命を守っていることを忘れがちだ。魔物は、小さいものが荷物に混じって入ってきたりする。だが、それも年に一度あるかないかだ」
「すごい魔道具なんだね」
「良し悪しだ。守られすぎている。魔道具の確認と赤珠の交換を忘れてしまう。その時は、魔術師が命令を出して、罰を与えなくてはならない。親しくなりすぎると命令を聞かぬようになる。魔術師の命令は、領主と国からの命令と同じなのだ。ほどほどの距離感をたもて」
そこまで話すと、ガエタノは僕の書いた羊皮紙を確認する。
「ふむ。
そう言って羊皮紙から視線を移して、僕をじっと見つめた。
「まるで、どこかで教育を受けたことがあるように思える。
そうなのだろうか? だんだんと、意識たちとの境界がわからなくなっている。大人だった記憶もあるような。人間じゃない、記憶も?
ガエタノから赤珠への充填に、速度を要求された。
「充填の魔道具並みに速くなれ。何かあった時に、緊急に赤珠に魔力を充填できるようにな」
その日から常に充填と吸収の訓練をするようになった。歩きながら、魔法書を読みながら、赤珠を持てる時はいつも。
僕を眺めているか、膝の上で寝ているかだったモルンが、魔法書を一緒に読むように机に座ってきた。僕がページをめくろうとすると小さな前足が押さえ、先に進ませてもらえない。
モルンは魔法書を見ながら、低くゴロゴロと喉を鳴らす。
時折「ミー」と「ニャー」と「ガァ」が混じったような「ミギャァ」という変な声を出している。ふふ、自分も勉強に参加しているつもりかな。
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